28話
かつてない程に借金取り達は追い詰められていた。ルクスの口から反王政という言葉が出た時点で致命的だ。彼がどこでその情報を手に入れたのかは分からないが、他の人間に情報が漏れる前に消さなければならない。
しかしそれは同時にルクスを殺した後に片目をも相手にしなければならない事を意味していたが、借金取り達はそこは今は深く考えない事にした。
とにかく今はまず目の前のルクスだ。
「ルクス、てめえだけは生かしておけねえ。地獄に送ってやる」
「清廉潔白な僕が地獄に落ちる訳ないだろ。行くとしたら天国だ」
どこかズレた返事を返しながらルクスも戦闘体勢を整える。
「僕としてもお前達を置いて死ぬ訳にはいかない。ここで全部終わりだ」
ルクスが言い終わると共に借金取りはクロを突き放し両者は得物をそれぞれ掲げ互いに向かって走り出した。じっと成り行きを見守っている事しかできなかったクロはここにきて胸の中でどうしようもない不安が渦巻いていくのを感じた。
(なんだろう……今のルクスお兄さんの言い方は、まるでーー
ーーまるで自分がもうすぐ死んでしまうかのような……)
思わずルクスに顔を向けるとルクスは困ったように笑いながらパクパクと口を動かした。
ご め ん ね
「ルクスお兄さあーーーーーーーーーーん!!!!!!」
「死ねえええルクスゥーーーーーーーー!!!!!」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーー!!!!!!」
ナイフを持った借金取りは助走をつけたまま勢いのままにナイフをルクスの脇腹に差し込んだ。グフッとルクスの口の端から血が流れ出る。
「!? なぜ避けない?」
当然攻撃を避けるなり防ぐなりしようとするものだと思っていた借金取りは一瞬動きが止まる。
その隙を逃さずルクスは短剣を借金取りの胸に突き刺す。
「お、まえ……最初から、攻撃を受けるつもりで」
「言っただろ。お前達を置いて死ぬ訳にはいかないって」
そう言って壮絶な笑みを浮かべた。
借金取りはそのまま地面に崩れ落ちる。
次の瞬間もう1人の借金取りが放ったボウガンの矢がルクスの胸に突き立った。ルクスは電光石火の動きで懐から投げナイフを取り出すと鞭のようにしなる腕から借金取りに向かって投擲した。ナイフは綺麗に男の頚動脈を切り裂いた。
ぶしっという音と共にもう1人の借金取りも倒れる。ルクスも、ナイフを投げた勢いそのままに地面に崩れ落ちた。
かくして、借金取り達とルクスの死闘は終わりを告げた。
「ルクスお兄さん……しっかりして」
倒れた身体を支えようとするが重くてうまく支えられない。片目が来てくれたのでしっかり支えてあげられた。
「最初から、死ぬつもりだったのか。道化を演じ騙された振りをして……奴等を出し抜くつもりだったのか……だが、何故お前が死ぬ必要がある」
「今回の件の黒幕、反王政派はね、とても臆病で残忍な奴等なんだよ」
普通の方法で告発しようとしてもその前に感づかれて消される可能性の方が遥かに高かった。しかもその場合家族も道連れだ。
「だからギリギリまで騙されたフリをして奴等に気付かれないようにしなければいけなかったんだ。上に報告されたらオシマイだからね」
「奴等を殺した後ならバレずに告発できるだろう。何故お前が死ななければならないんだ」
「言っただろ?奴等は臆病で残忍だって。いきなり都合良く奴等の搾取から脱出できたなんてアイツらが納得するはずがない。すぐにバレて即皆殺しさ。だから、僕等にとって「そう都合の良くないシナリオ」を用意する必要があったんだ……」
確かに借金取り達がいきなり死んで搾取されていた一家が全員無事で解放されましたなんて怪しすぎる。両者の間に何かあったと考えるのが普通だろう。
悔しいがルクスの描いたシナリオは完璧だった。何しろ敵味方問わず全員騙されていたのだから。
「僕が死んで全く同じタイミングで借金取り達も死んでれば……騙された事に気付いた僕が怒って借金取り達と相討ちになったと考えるのが……自然だろ?」
「ルクスお兄さん……」
クロは何も言えなかった。ルクスがここまで考えて行動していたなんて思いもよらなかった。それに引き換え自分は……クロは顔を歪める。
「クロ……君はまだ子供なんだ。できる事には限界がある。ましてや、忌み子なら尚更だ。君は何も悪くない……」
ごほ、ごほと血を吐き出す。しかしその瞳に篭る熱は全く衰えず熱い光をたたえていた。
「これを、君達に託したい……」
そう言って懐から一通の手紙を取り出しクロに渡す。
「奴等の所業が纏められている。これを、エスクエスにいる、僕の祖父に……コーデリック=フォンデルフに渡して欲しい」
「ルクスお兄さんん……」
ボロボロと涙が零れ出して止まらない。そんなクロの様子を見てルクスは微笑んだ。
「クロ、片目、ありがとう……君達に出会っていなければ僕の計画は失敗していた。
サンドワームに殺されて街に戻ってこれなかっただろうし、手紙を託せる相手もいなかったんだ」
目を丸くするクロにルクスは更に言う。
「クロ……確かに忌み子に訪れる災厄は強大なものかもしれない。だけど、負けてはいけないよ。人は、魔族は、災厄に打ち勝てるんだ。現に僕は君達に救われたんだから」
そうして今度は片目に語りかける。
「片目もありがとう。だけど、もういいんだ。僕はもう助からない……死人のために君が寿命を削る必要はないんだ。君の命は、クロを守るために使ってくれ……」
片目は歯をギリ……と食いしばった後、何かを諦めたかのように力なく両手をだらりと下げた。ルクスが倒れてからずっと回復魔法をかけ続けていたのだ。
しょっちゅう細かい怪我をするクロのために覚えた魔法だ。しかし片目に出来るのはせいぜい小さい怪我や擦り傷を治す程度だ。それでも、諦めきれなかったのだ。
「最後に……一つ、いいかな?」
「クロ……ギュッと僕を抱きしめてくれないか。最初に君に抱きつかれた時……とってもドキドキして嬉しかったんだ……」
溢れ出る涙を何とか抑えるとクロはコク、と頷きそっとルクスを抱擁した。
「ああ……気持ちがいいなあ…………最高の気分だ…………」
そして最後にルクスはクロの耳元でそっと囁いた。
「さようなら…………僕の、天使様…………」
それきり、ルクスは目を閉じて動かなくなった。
びゅうびゅうとクロ達を責め立てるように風が容赦なく吹き付けていた。