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忌み子の世界救世記  作者: 紅月ぐりん
砂漠の商人編
30/229

26話

 ルクスが声をかけた後、クロはものすごい勢いで走り去っていってしまった。

「クロ!」

 片目が叫んですぐさま追いかけようとしたがその寸前で立ち止まり、ルクスの方を見た。

「どうしたのさ。クロが心配なんだろ? 早く行ってあげなよ。僕なら大丈夫だから」

 そう声をかけると片目は一言

「すまない……」

 といって走り出していった。



「何が『すまない』なんだか。誰のせいでもないって言ってるのに」

 クスッとルクスが微笑む。その様子は先程まで父親を失って狼狽していたのと同じ人物とは到底思えなかった。

「さて、僕もそろそろ行かなくちゃね」

 そう言って外へ歩き出すルクスに向かって、よほどルクスの様子をおかしく思ったのか彼の母親が尋ねた。

「行くって……何をしに?」

 そう聞くと何でもない事のようにルクスは答えた。

「この下らない、クソッタレな茶番劇を終わらせにさ」

 そう言って笑ったルクスの顔は母親の彼女ですら見た事がなかった表情をしていた。その表情を見て彼女はどうしようもない不安感が胸に広がっていくのを感じた。

 びゅごう、と重く乾いた風が家の中へと吹き荒んでいた。




               ◆




 家を飛び出してしばらく走り続けた後クロは何かにぶつかってひっくり返った。銀色の美しい髪が衝撃ではら、と広がる。

「おっとお嬢ちゃん。ちゃんと前を向いて歩かないと危ないぜ」

 腕を掴まれて体勢を戻された。ぶつかったのは先程の借金取り達だった。

「……ごめんなさい」

 謝って離れようとするが手を放してくれない。

「放してください」

「そいつはできない相談だな」

 しっかりと掴まれた手は簡単には振り解けそうにない。



「クロから手を放せ、下郎」



 クロが声に反応し顔を上げると片目と目があった。ひどく焦燥していた。今更ながらに片目にとても心配をかけてしまったのだという事にクロはやっと気がついた。クロはどんな顔をしていいのか分からなかった。


「動くなよ。動いたらこの嬢ちゃんのキレイな身体が傷つくぜ」


 実際にはこんな奴等に大した傷はつけられないのだが、今のクロに下手な刺激を与えたくなかった。クロは前に山賊に連れ去られた時刻印の魔力を暴走させてしまった事がある。その仕組みがまだよく分かっていない以上、余計な刺激を与えたくない。

どんな危険があるか分からないのだ。刻印の魔力が暴走して街が吹き飛んでしまう事だってありえる。

 片目は動く事が出来なかった。


「一応言っておきますけどぼくは男ですよ」


 一瞬男達の眉が跳ね上がったが面白そうに笑った。

「へえ、そりゃあいい。男でこれだけの美貌なら引く手あまただぜ。とんでもねえ値段で売れる」



「下衆が…………!!」



 片目は込み上げてくる殺意を押し留めるのに必死だった。あまり力を入れ過ぎると人化の魔法が解けてしまう。こんな街中で魔物の姿を晒したら大騒ぎになってしまう。現に今もクロ達の周りには騒ぎを聞きつけた通行人が集まり始めていた。

 耐えなければならない。

 どうしてあの子に近付く奴はどいつもこいつも同じような事しか考えないんだ!

 片目は激昂していた。

 傷付けるか、売り飛ばすか、犯そうとするか。

 これ以外の反応を見た事が無い。

 いや、1人だけ例外がいた。




 ルクスだ。




 彼だけが、まともな人間としてクロを扱ってくれた。出会って間もない相手ではあったがその短い期間で彼はクロに大切なものを沢山与えてくれた。彼の存在がどれだけクロを励ましてくれたか……片目は密かに彼に感謝していたくらいだ。

 だが、そのルクスの父はクロのせいで死んでしまった。

 クロはそう考えたに違いない。だから走り去っていってしまったのだろう。片目は自分が情けなくて仕方がなかった。銀狼族最強だなんだと持て囃されていてもこんな時に自分はクロに何もしてやれない。


 自分は強い。だが、ただそれだけだと片目は感じていた。自分が出来るのは殺す事だけだ。それ以外の事は何もできない。

 銀狼族の長として生きていた時はもっと上手くやれていた。仲間は皆強く頼もしかったし、長く住み着いた刃の森は彼等にとってこれ以上ない居場所だった。だが、慣れ親しんだ環境を離れ、やった事も無い子育てや「守る」という行為、彼等よりもずっと弱く繊細な人間の感情を理解するという事。

 どれも片目には荷が重かった。だから今までクロにさんざいらぬ苦労をかけさせてきた。


 ルクスは出会った瞬間にいとも容易く片目の出来ない事をやった。それがどこか片目の負い目になっていたのは確かだ。

 だから心のどこかでルクスを助ける事を渋っていた。だが今は皮肉な事に誰よりもルクスにこの場に居て欲しかった。



「その子の手を放せ」



 考え事をしていたら丁度その人間が現れた。

 そこに立っていたのはルクスだった。

 しかし、そこに佇む黒髪の青年の様子はどこかいつもとは異なっていた。

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