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忌み子の世界救世記  作者: 紅月ぐりん
銀狼族編
3/229

2話

「赤子……人間の……?」


 そこにいたのは人間の赤子だった。くん、と匂いを嗅いでみると間違いなく人間だった。ほぎゃあほぎゃあと赤ん坊の泣く声が辺りに響いている。

「こんな赤子があの魔力を放出していたというのか……」

 人間に、しかも赤子に出せるようなものでは到底なかった。この魔力の強さは魔族の中でも上位の魔貴族に匹敵する。それに、この魔力はただ強いというだけでは説明できない薄気味悪さを孕んでいた。


「どういう……ことなんだ」

 呆然として赤子を見ていた片目はある事に気が付いた。

(なんという美しい赤子なのだろうーー)


 長い生の中で片目は色々な人間を見てきた。片目は人化の魔法が使えたので人間の姿になって人里に入った事も何度かある。その時に見た人間の赤ん坊はこんなにも美しい生き物だっただろうか。赤子の親は可愛い可愛いとしきりに褒めていたが片目の目にはどうひいき目に見ても猿にしか見えなかったものだ。だが今目の前にいる存在はおそらく生まれたばかりの赤ん坊だというのに、溜息が出る程美しい。ずっとこの美しい生き物を眺めていたい……そんな衝動に駆られる。


 ハッと片目は首をブンブンと振り我に返る。

(何をやっているんだ私は…………)

 魔力の中心にたどり着けば何か分かるのではと思って来てはみたが、かえって今の方が混乱している。



 ふと気が付くと赤ん坊の泣き声がやんでいた。じっとこちらを見ていた。魔力と同じく不気味な赤子だった。

「あう……キャハッ」

 赤ん坊は笑った。笑いかけたのだ。死神の使いと恐れられる銀狼族の長である片目に。

「変な奴だな……」

 不気味な魔力に包まれているというのに片目はその事を一瞬忘れてしまった。胸の奥から何か暖かいものが溢れてくるのを感じた。片目は赤子に近寄るとペロリと柔らかい頬を舐めた。その拍子に赤子を覆っていた布が少しめくれた。



「!!?」



 その瞬間恐ろしいものが目に飛びこんできた。赤子の胸、鎖骨の少し下に文字が刻まれていたのだ。そしてそこに書かれていたのは……

「ネクロフィルツ=フォンデルフ……ネクロフィルツだと!?」

 ネクロフィルツ、それはかつて地上で最も恐れられた魔神。魔族の中でもごく一部の限られた者しかその存在を知らない太古の昔に存在した伝説上の存在である。

「フォンデルフ……加護を受けし者……」

 フォンデルフとは「加護を受けし者」を意味する。ネクロフィルツ=フォンデルフ。それは魔神の加護を受けし者。

「契約を交わしたのか……伝説の魔神と」

 魔族は自身の特別な存在と契約を交わしその者に加護を授ける。その時に魔族には加護を授ける相手の名が、加護を授かる者には魔族の名がそれぞれの体のどこかに刻まれる。それを刻印といい契約の証となる。互いの魂の一部を交換するのだ。そうする事によって特別な者とたとえ離れ離れになっても魂は常に共にある。契約を交わす事は魔族にとっての最大の親愛表現なのだ。


「しかしどうやって魔神と会ったんだ。魔神は掃き溜めに封印されているはず……」

 あの空間は誰にも必要とされない絆を持たないモノが引き寄せられ閉じ込められるように出来ている。だからこそ地上の誰からも恐れられ必要とされなかった魔神は封印されたのだ。

(まさか……脱出したのか?あの空間から……)

 いや、それはない。片目は即座に己の考えを否定した。伝説の魔神が地上に現れたのなら異変はこんなものでは済まない。



「いや、待てよ……」



 この胸の刻印を見る限り、赤子が魔神と出会って契約を交わした事だけは揺るぎようのない事実である。契約は人と魔族の最大の絆の証だ。契約を交わした事によって絆が生まれたならそれはもう誰からも必要とされない存在ではないという事になる。絆を得た事によって掃き溜めにいられなくなったのだとしたら筋は通る。


 だがそれでも疑問は残る。それならばなぜ魔神は地上に現れないのか。両者の間に絆が生まれたなら魔神も外に出ていなければおかしい。ふう、と片目は息をついた。考えるのはもうやめよう。今すべき事はこの赤子をどうするか決める事だ。

 そう考え片目は改めて赤子に向き合ったのだった。

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