24話
クロ達は砂漠を再び渡り始めた。笑いながら楽しそうに移動していたクロ達だったが内心は緊張ではち切れんばかりだった。いつ何が襲ってきてもおかしくはない。忌み子のクロと一緒にいるという事はそういう危険と常に隣り合わせだという事なのだ。助けたくて同行したのに自分達のせいで被害を被っては本末転倒である。
無事に街にたどり着いた時にはほっと胸を撫で下ろしていた。しかしクロ達はまだ分かっていなかった。
この世の悪意というモノは最も残酷な、最も傷つくやり方で襲いかかってくるのだという事を。
砂漠の街クレドール。砂漠の中心に存在するオアシスである。砂漠では貴重な水が湧き出る泉があり、住民の生活を支えている。砂を家畜の糞と水で固めて作った壁で作られた家でできた町並みをルクスは息を切らしながら走り抜ける。
彼等がまず向かったのは借金取りの所である。仕事が無事に完了した事を報告するためである。正直クロ達はルクスを嵌めたと思われる連中と顔を合わせたくはなかったのだが、ルクスが無事に仕事を成功させたと彼等が知れば何をするのかわからない。念のためにクロ達もルクスに同行した。
ルクスが入った建物には二人の成人男性がいた。肌や髪の色からして元々の砂漠の民ではないらしい。ルクスとは顔馴染みらしく男達がよう、と声をかけるとルクスは嬉しそうに男達に語りかけた。
「やりました! 持って帰りましたよ! 月華美人を!」
「へえ、やるじゃねえか……後はそいつを売って金を返すだけだな」
借金取り達の目が驚愕に一瞬開かれたが、すぐに蛇のような陰湿な目に変わった。この目の変化にクロ達は気付くべきだったのかもしれない。もっとも気付いたとしても既に何もかもが手遅れだったのだが……
びゅうう、と低く重い風が街角を駆け抜けた。
◆
借金取り達と別れ、ルクスは急いで病気の父親の元へ向かう。側には母親もいるはずだ。すぐに知らせてあげよう。もう病気は治るんだって。もう苦しまなくても済むんだって。
実家の前に着くと人だかりができていた。何故か皆辛そうにこちらを見ている。見ているが決して目を合わせようとはしない。訝しんだが今はそんな事にかまっている暇はない。人だかりを押しのけて家の中に入る。
「ただいまー父さん、母さん。今帰ったよ!」
家の中に入り声をかけると弟妹達が泣きながらベッドに突っ伏していた。父さんの寝ているベッドで。
「ルクス……」
母親が生気の抜け落ちた顔でこちらを見ている。
「ただいま母さん。聞いてよ! 月華美人を持って帰れたんだ! これで父さんの病気も良くなるはずさ!」
ルクスの言葉を聞いて母親は辛そうに顔を歪めた。妹弟達が、なおいっそう泣き叫んでいる。
ドクンーー
「? どうしたのさ皆! これで父さんの病気が治るんだよ! なに暗い顔してるんだよ」
ドクンーー ドクンーー
「ルクス……もういいの。もう父さんに月華美人は必要ないのよ」
何かを諦めたような顔で母親はかぶりを振った。
ドクンーー ドクンーー ドクンーー
「何言ってるんだよ? これで病気が治るんだよ! 借金だって返せる!! 元の幸せだった生活に戻れるんだよ!!」
知らず知らずのうちに段々声が大きくなっていく。最後の方はほとんど怒鳴り声となっていた。
動転してベッドで寝ている父親を揺さぶる。冷たいひんやりとした感触が手に伝わってくる。体温は感じられなかった。
「父さんも何とか言ってよ! さっきから何で黙ったままなんだよ!? 父さん!!」
もはや見ていられないようで妹弟達は声を枯らし嗚咽を鳴らすだけだった。深呼吸して、意を決したように母親が口を開いた。
「ルクス……落ち着いてよく聞いて……」
やめろーー
それ以上言うな。
何も聞きたくないーー
「父さんはーー」
ドクン ドクン ドクン ドクンーー。
「死んだわ」
心臓の音がうるさくて、何も聞こえないよーー 母さんーー




