22話
深夜。
砂漠の夜は冷たく冷え込む。毛布を被りながらクロは寝床で横になっていた。隣ではルクスがすやすやと気持ち良さそうに寝息をたてている。そんな姿を見ながら片目は溜息をついた。
「全く無防備な奴だ。私達が荷物を奪って逃げたらどうするつもりなんだか」
呆れる片目がテントの外から中をのぞき込んでいた。片目は見張り役で1人テントの外で焚き火に当たっていた。
「多分、何事もなかったようにまた月華美人を取りに行くんじゃないかな」
苦笑しながらクロは言った。
「そしてまた誰かに騙されるんだろうな」
片目には懲りずにまた騙されてそれでも人のいい笑みを浮かべるルクスの姿が容易に想像がついた。
「ねえ……片目」
「駄目だ」
間髪入れずに片目が否定した。
「まだ何も言ってないよ」
「ルクスを街まで送り届けたい、だろ? 駄目だ」
見事に言い当てられ言葉を返せない。
「こういう奴は善良ではあっても愚かだ。いつか誰かに決定的に騙されて傷ついてそして死ぬ」
片目の言葉にクロはキッと瞳に力を入れて言い返した。
「それを言うならぼく達は頭が良くても悪党だ。多くの人を巻き込んで殺しておいて、自分達だけは生き残る」
そう言うクロの瞳には涙がうっすらと滲んでいた。
「クロ……」
今度は片目の方が言葉を返せない。
「ぼく達は、ぼくは、まともな境遇じゃない。必ず誰かを巻き込む」
そう、クロは、ネクロフィルツ=フォンデルフはそういう存在だった。誰かを害さなければ、巻き込まなければやっていけない。そういう生き方をずっとしてきた。そういう生き方しかしてこれなかった。
片目は自身の動揺を抑えるように言う。
「生きる事に意味はある。そして生きていなければそれを知る事はできない。だから私達は生きなきゃならないんだ」
「罪のない関係のない人達を巻き込んで殺して生き長らえて何の意味があるの。片目だって10年前銀狼族を抜けるために仲間を殺さなくちゃいけなかった事に何も感じてない訳じゃないんでしょ」
「それは……」
片目の瞳が曇った。そこを突かれると弱い。片目には未だにあの時の事が本当に正しい事だったのか分からないのだ。
片目の困った様子を見てクロは言い過ぎてしまったと後悔した。つい責めるような口調になってしまった。
「ごめん、片目が一族を抜けたのは僕のせいなのに……」
片目はかぶりを振って言った。
「いや、クロがそれを気に止む必要はない。あの時クロを育てる決断をしたのは私なのだから。それをクロのせいにするつもりはない」
だがな、と片目はかぶりを振った。
「私達が力になりたいと思っても力になれるとは限らないんだ。むしろ私達がいる事によって巻き込んでしまう確率の方が高いんだぞ」
「………………」
返事が返ってこない事を訝しんでクロの方を見た片目はギョッとした。クロが泣いていたからだ。片目はクロに忠告した事を後悔した。だが、ここで言っておかなければ後になって更に傷つくのは目に見えているのだ。
真珠のような雫がクロの睫毛を濡らす。キラキラと光を照らすそれはさながら宝石の輝きのようだった。
こんな時だというのにクロの美しさに魂を揺さぶられてしまう。なんという美しさなのだろうか。その姿も、その心も。
(ああ……やはり私はこの美しい生き物に魂を奪われてしまっている)
片目はそう自覚した。
「ぼくは、何のために生まれたの? 生きていてはいけないの?」
たまらなくなって片目はクロをに近寄り抱きしめた。
「泣くな、クロ。生きてくれ。お前がいなければ私は生きてはいけない。私のために、生きてくれ」
噛んで含めるようにそう言うと、クロはわずかながらコク、と頷いた。
「明日、全てを正直に話そう。その上でルクスに選んでもらおう。私達と共に行くか、別れるか。その結果に従う。それでいいな?」
片目の提案に、今度は強くうんと頷いた。
夜空の星たちだけが2人を見守っていた。




