21話
「え?」
びっくりして彼女の方を見ると少年があちゃーと声を出して顔をしかめていた。
「何もいきなり言わなくても……」
「どうせすぐバレる事だ。怖がられて逃げられるなら早い方がいい」
女性がそう言うと少年は難しい顔をして黙り込んだ。
青年は2人の会話から女性の正体が先程の白銀の狼である事に気が付き頭を下げた。
「ああ……あなたが先程の狼だったのですね。助かりました。ありがとうございます」
礼を言うと2人が固まった。
あれ?なんか変な事言ったかな?と青年は首を傾げる。
「……お前は恐ろしくはないのか?」
「僕達忌み子と魔物だよ?嫌じゃないの?」
「嫌だなあ。そんな事で命の恩人にケチをつける程野暮じゃありませんよ」
青年は笑って言った。
少年と女性は不思議なモノを見るような顔で青年をじっと見つめていた。
◆
「へえ……一家の借金を返すために月華美人を」
夜の帳、テントを立て焚き火をしながら晩飯をとった後3人は話しこんでいた。
「ええ、無事に街まで戻れれば借金も返せるし父の病気も治せるんです」
「そう上手くいくかな」
そう苦言を呈する彼女に少年は尋ねる。
「どういう事?片目」
片目とは女性の名前らしい。
少年の名前はネクロフィルツという何だか仰々しい名前だった。呼びにくいからクロでいいかなって尋ねたら、こくこくと頷いた後小声で「初めてあだ名つけられた……嬉しい」と囁いていた。
「可愛い、結婚しよ」という青年の呟きは無視された。
「僕の名前はルクスといいます。よろしくね二人とも」
ルクスの挨拶に2人はそれぞれ頷いた。
「さっきの話の続きだが……ルクス、お前は簡単に人を信じすぎだ。お前にわざわざそんなうまい話をふってそいつらに何の得がある。何か裏があるに決まってる。現にお前は出会うはずのないサンドワームに襲われたんだろうが」
「そうですね。あなた達が助けてくれなかったら今頃僕はサンドワームの体内で消化されていたでしょうね……」
いや~参った参ったと笑うルクスは全然参ったようには見えない。
「でもサンドワームに襲われたからこそ僕はあなた達と知り合えた。捨てる神あれば拾う神ありって奴ですよ。全てを疑ってしまったら得られるものも得られなくなってしまいます。女神様の教えです」
ルクスが女神信仰者だという話は出会った時点で聞き、最初のうちは警戒していた2人だがルクスの態度が全く変わらないのを見て2人は気にしない事にしていた。
確かに人を簡単に信じるなという片目の助言通りに従うならルクスは今2人とこうして会話してはいなかっただろう。
ムゥと唸って片目は黙ってしまったが、クロは気を取り直したようにルクスに語りかけた。
「でも、ルクスお兄さんがそういう風に思ってくれたから僕等は出会えたんだよね。女神さまにぼくも感謝しなくちゃ」
女神に感謝するというクロの言葉にルクスと片目は目を見張る。
「クロ! 何を言ってるんだ!? 女神信仰のせいでお前は」
「そうだよ、クロ。君は忌み子だろ?女神信仰者の僕が言うのもなんだけれど僕達女神信仰者の忌み子に対する差別は……」
「でも、ルクスお兄さんは僕等を差別しなかった」
それは……と今度はルクスが黙り込んだ。
「捨てる神あれば拾う神あり、なんでしょ? 全てを疑ってしまったら得られるものも得られなくなってしまう」
自分の言葉をそっくりそのまま返されて何も言い返せなくなった。さっきの片目の気持ちがよく分かった。
「女神様が、本当に僕達忌み子を差別するように教えを説いたなら、それはとても哀しい事だけれど……でもその一方で女神様を信じるルクスお兄さんが僕達ととても仲良くなった……なんだか、おかしな話だね」
そう言って悲しげに笑うクロにルクスは何か眩しいものでも見るように笑顔を向けた。
「クロ、君は凄いね。何だか君は僕のおじいさんに似ているよ」
「おじいさん?」
「ああ、昔は熱心な女神信仰者だったんだけど、ある日当然女神信仰を止めて家から出ていってしまったんだ。案外、君と同じ事を考えたのかもしれない」
そう言ってルクスは何やら考え込むそぶりを見せた。
「同じ?」
「いや、何でもないんだ。今日はもう遅い。そろそろ寝よう」
そう言って寝床の準備を始めた。訝しげにルクスを見ていたクロだが、しばらくするとルクスを手伝い始めた。
こうして夜は更けていくのだった。




