20話
青年は己の目を疑った。
突如目の前に4~5メートルはあろうかという巨大な銀色の狼が現れたと思ったらサンドワームの体が二つに割れた。巨大な狼は銀色の毛皮をなびかせ、その背には小さな人影を乗せていた。呆然と見ていると背中に乗っていた人影と目があった。
「こんにちは」
にこっと純朴そうな笑みを浮かべた子供は、しかし純朴などとは程遠い容姿をしていた。絵画に出てくる神々や天使がそのまま現世に現れたような……神々しいという言葉がそのまま当てはまる美しさだった。
年の頃は10歳くらいであろうか。
彼の弟や妹達とそう変わらぬ年頃であったがしかし美貌は比べようもなかった。
風でめくれたフードの下からは流れるように艶やかな銀色に輝く長髪。幼いながらも細身で均整の取れた彫刻作品を思わせるような身体つき。首元を覆うようにマフラーを巻き付けているがその隙間から除く鎖骨や細い首は子供とは思えぬ程の色気を醸し出し、肌は白くきめ細かく上等な絹を思わせる。
薔薇色の熟れた果実のようなふっくらとした柔らかそうな唇。頬はうっすらと赤味が差しており血色の良さが見てとれる。小ぶりで整った形のいい鼻の上には並び立つ双玉のルビー。
覗きこむと魂まで吸い込まれてしまいそうな程深い瞳の色をしていた。
「ああ……どうやら僕は死んでしまったみたいだ……。天使さまが現れた」
当初どこかこちらの反応を伺うようにおどおどしていた銀髪の少年はその言葉を聞くと何か珍しいモノを見たような目でこちらをしげしげと見つめてきた。
「忌み子だの悪魔の子だの死神だの散々言われてきたけど、天使さまは初めてだなあ……」
ぽりぽりと頬をかきながら所在なさげにソワソワしている。どうやら照れているらしい。
どうしよう……滅茶苦茶可愛い。
「あ、照れてる。可愛いなあ……結婚しよ?」
青年はつい思った事を口にしてしまっていた。少年が背中に乗っていた銀色の狼が物凄い殺気の篭った目でこちらを睨んできたので青年は思わずヒッと情けない声を洩らしてしまった。
「かわ……いい………? 僕が?」
信じられないような反応をしているがそれこそ青年からしてみればその反応こそが信じられない。
「? 今まで言われたことないの? 君ほど可愛い子が」
「ある……けど……でもそう言ってきた人皆は僕にいやらしい事をしようとしてきたし……子供に言われた事もあるけど……小さいからまだそういう区別がつかないんだと思って……」
「やだなあ。君みたいな子を可愛いって言わなかったらこの世に可愛いものなんて一つもない事になるよ」
笑って青年はそう言った。
「………………」
少年が黙り込んだのを見てあれ? なんか変な事言ったかな? でも悪口を言った訳じゃないし……と考えていると、急にガバッと抱きつかれた。
「お兄さん……好き! とってもいい人!!」
その言葉を聞いた瞬間青年は素早く少年の手を取り、
「両思いだね。結婚しよ。大丈夫。同性同士の結婚は珍しいけど、皆祝福してくれるよ」
などと言った次の瞬間、スパーンという音と共に青年の体が砂にめり込んだ。
「初対面の相手に求婚するなたわけ」
がしっと大きな手が伸びてきて猫を掴むようにひょいっと少年を持ち上げると背中の後ろに下ろし守るように青年の前に1人の女性が立ちはだかった。
銀髪の髪をした隻眼の女性だった。左目に大きな傷があり完全に塞がっている。姉弟なのだろうか。しかし瞳の色は少年と違って金色だ。
身長は170センチはあるだろう、女性にしてはかなり大きな体で銀色の毛皮を纏いその下にはしなやかな力強い筋肉と豊かな胸がその存在を主張していた。野性味溢れる人だった。
しかしこの人もまた粗野ではあるものの美しい顔立ちをしていた。少年が天使ならこの人は野生の獣の美しさだった。
「あれ? そういえばさっきの大きい狼は?」
いつの間にか消えてしまったのを青年はキョロキョロ探す。
「あれは私だ」
「え?」
青年はしばらくの間何が何だか分からないと言った顔をするのだった。




