エピローグ(最終話)
そして。
そして、少しばかりの月日が流れた。
とある寂れた寒村。冬は吹雪に閉ざされ外界との接触もままならない僻地に向かう二つの影があった。首から看板をぶら下げ、その近くには新型の空中投影型機虫が飛び回り映像を常に何かに映し出し続けている。基本的に根本となる動力源は機械でも魔法でもなく虫自体なので餌さえ与えてやればほば半永久的に映像を流し続ける。
「あ~全く、恥ずかしいったらありゃしないぜ。こんな格好で世界中を渡り歩きまくって謝罪の旅なんてよ」
そう、あれから彼等はこうやって首に看板をぶら下げ世界中の人々に許して貰うまで歩き回って旅をする「謝罪旅」を延々と続けているのだ。
「そう? 僕は楽しいよ? ユージと一緒だから」
「チッ」
不貞腐れるユージだが顔が赤い。それが寒さのせいではない事は一目瞭然だった。
「おっ 何だ? 変な看板背負った二人組がいるぞ!?」
「あれじゃねえか? 謝罪の旅してるっつう奴ら。法や道徳に触れるような事をしなけりゃ何させてもいいっていう」
「そうでーす。僕達がその謝罪ブラザーズでえっす。力仕事雑用その他何でもお申し付け下さいませ~♪」
「おお~! こりゃまたえれえめんこい子だなあ!! まるで天使様みてえだぁ」
「天使様っていうか天子様みてえだなあこの子」
「はい~不詳私あの救世の天子様の兄でございます~~」
うおおおー!! という喝采があびせられるのをユージは冷ややかに見守っていた。
(チッ な~にが謝罪ブラザーズだ。お得意の媚売りで自分だけ楽して逃れてる癖によ)
「おらーあんちゃん、何ボーッとしてっだお前さんは狩りの手伝いだべよ~!!」
「へえ~へえ~分かりましたよって」
悪態をつきながらも言われた通りに仕事をこなす彼の姿にはかつての『悪意』など陰も形も存在していなかった。
因みにこの謝罪旅、一定数の定められた「許しました印」を集める事で終了するのだが、その数は一連の戦やいざこざで被害を受けたと思われる被害者数に設定されているため膨大な数となっており一朝一夕で達成出来るものではないのは言うまでもない。そしてそれを達成したとしたとしても彼等にはまだ罰が残っている。むしろそれこそが本番とも言うべき内容だった。
それは、サーベルグ達とユージとの共同開発で産まれた女神支援ツールを使い世界の安定を補佐していくという内容である。
掃き溜めに半永久不死装置を取り付けた上で、である。それは魔神ネクロフィルツに与えた仕打ちの分と、ユージを救う為に自らの命を捧げた創世神の分までも彼等が背負う事にした結果である。彼等が一度掃き溜めに入れば外側から封印が施され中からは出られないようになっている。そして世界連合の首脳達が代々その仕事を見張る役を負う事になった。
彼等の償いが終わるのはいつ終わるとも知れない無限の時の彼方である。けれども、彼等に後悔は全く無かった。これからも無いだろう。
◆
「頼もう! 頼もーう!!」
マガミネシアの首都から離れた山奥、険しい山中に建てられたほったて小屋とも言うべき粗末な家にどんどんと扉を叩く音が響き渡る。
「長ぁ。まあた来ましたぜ。幾ら何でも何にも説明せずにさよならは酷えんじゃないですか?」
元竜族の長ディンバーに同情的な視線を投げ掛けるのは現銀狼族の長、尾無しである。もっとも本人は片目に長に戻って貰おうとこうしてたびたび片目の元へ訪れている。
「うっさい! 私は長じゃない! ディンバーにも会う気は無い! 丁重にお帰り頂きやがれ!」
「何ですかその半端な丁寧語は……分かりましたよ。ディンバーの旦那も気の毒に……」
溜め息をついて尾無しが応対に向かった後、すごすごと肩を落としながら帰っていくディンバーの姿が哀愁を誘う。
「何故だ!? 何故片目は我と顔を会わせようとしない!?」
ユージ達との戦いの一件が落着した後の事である。ディンバーは更に腕を研き新しい技を引っ提げて片目に再戦を申し込んだのだ。結果は、ディンバーの圧勝だった。というのも、何やら片目の様子がおかしいのだ。戦闘中に胸を押さえ蹲たかと思うと次の瞬間には顔を真っ赤にして標的であるディンバーから目をそらすのである。これで勝たない方がおかしい。
当然納得出来ないディンバーは抗議し再戦を申し出たのだが……戦うどころか顔を会わせようとすらしてくれなくなったのだ。
かつてない程にディンバーは落ち込んでいた。かつての片目との決闘に敗北した時ですらこれ程迄に打ちのめされる事は無かった。ディンバーは片目が何を考えているのかさっぱり分からなかったが、自分がどうしてここまで打ちのめされているのかもさっぱり分からなかった。
しかし、数ヶ月後にこの二つの疑問は解消される事になる。全身を緊張でガチガチに固まらせて顔を真っ赤にさせた片目のとある一言によって。
もっとも、今度はまた別の悩み事に苦しめられる事になるのだが……
◆
マガミネシア首都、メグロボリスとその中心に聳え立つブラックタワー。その一室、世界を救った英雄に当てがわられた一室で、いつもの大騒ぎが今日も始まろうとしていた。
「やれやれ。元気があって宜しいのですが、ユータ殿もいい加減諦めて受け入れてしまえば楽になるものを……」
かつての自分の体験からそう感想を漏らしながらブラックタワーの主、魔王皇サーベルグは自らの個室で一人優雅にアフタヌーンティーを啜っていた。
ドターンと大きな音が響き渡るとドアを蹴破って黒髪黒目の青年が中に駆け込んでくる。
「またですか。ドアの修理代も安くはないんですよ?」
ジトッと冷たい視線を向けるが向けられた当の本人はそれどころではないようで、
「サーベルグ! 助けてくれ!! このままじゃ犯される!」
と助けを彼に求めてきた。
「犯される、ねえ……」
部屋に逃げ込んで来たユータを追って入ってきた新たな侵入者を見てサーベルグは更に視線を冷え込ませる。中に駆け込んで来た赤毛の少年ジュレスは着る物を何も身に付けておらず、その者の若さ溢れる艶やかな肢体と美貌にはもっと淑やかな、もっと言えば扇情的な雰囲気があっても良さそうなものだが彼等の会話がそれらを全てぶち壊している。
「さあ、追い詰めたぜユージ兄。今日こそ俺を抱いて貰う!!」
男らしく堂々と宣言する全裸のジュレスと涙目になってそのジュレスから逃げ回る着衣のユータ。どっちが受けでどっちが攻めなのか分からなくなる構図である。
冷たい視線を向けたまま一向に動こうとしないサーベルグに業を煮やしたのか、別の人物に叫んで問いただすユータ。
「コーデリック! 今日のコレはお前の差し金だろう!? どうして裏切った!?」
「呼んだー?」
サーベルグの股下から顔を出したのは魔王皇が一人、淫魔族の王コーデリックだった。全身を白で統一した高価な衣裳を半分ずり下げて豊かな双乳がまろびでていた。今は女性体の気分だったらしい。
「おま、おま、なんつートコから……! しかも女性体で! 頼んでも中々なってくれない癖に!」
思わず男の悲しい性が顔を出してしまうが、気を取り直して再び問い直す。
「いや、それはいいとしてだ。何でジュレスの協力をする? 普段のお前なら手を貸さないだろうが!」
この3人の間には暗黙の了解がある。成人するまではジュレスに(性的な)手は出さないしコーデリックもその邪魔になるような事はしない。というものである。ブーブー文句を垂れる二人を根気よく説得してようやく分からせたのだ。それを忘れたとは言わせない、とユータは思っていた。
自分が致命的な勘違いをしている事にも気付かすに。
コーデリックはここで眉を寄せる。
「あのさあ、ユータ。今日が何の日か、分かってる? 忘れてるんだとしたらちょっとジュレスが可哀想だなあ」
「分かってるよ! ジュレスの15歳の誕生日だろ!? だからプレゼントを渡そうと部屋を訪ねたらこの有様だ!」
「「「あ……!」」」
ここでユータ以外の3人が何かに気付いたようだった。
「ユータ兄。3人で交わした約束覚えてるよな?」
「勿論! ジュレスが成人するまでは抱かない! 成人したら抱く! これを破るつもりは無い! ちゃんとジュレスが成人したら、抱……く……」
ようやくユータも気付いたようで、だんだん声が尻窄みになって小さくなっていく。
冷や汗をダラダラと流しながらユータがサーベルグに問いた。
「あの、つかぬ事をお伺いしますがサーベルグさん、この国の成人年齢は……?」
「ユータ殿には真に残念ですが……15歳です」
全身を硬直させるユータにじりじりとジュレスが滲み寄る。
「そういうこった。今夜は寝かせないぜ? ダーリン♪」
「待て、落ち着け! 冷静になって話し合おう! オレの祖国では成人年齢は……!」
「問答無用! 頂きまーす♪」
「あんぎゃああああああああ!!!!」
この後滅茶苦茶セックスし(ry
◆
エスクエス。今や魔族信仰、そして生まれ変わった新たな女神信仰のメッカであり、世界中から多くの信者が押し掛ける大都市へと発展していた。しかし、いかに時代が映り変わろうと、都市が発展しようと、変わらず存在しているものがある。
エスクエス、西区。かつてのようなスラム街では無くなったものの、治安の悪さが完全に無くなった訳では無かった。一部の人間にとっては。
つけられている。
フードを着けたみすぼらしい少年は裏路地で自分が複数の人間に後をつけられている事に気付いた。なに食わぬ顔でゆっくりと進み、角を曲がった所で一気に走り出した。それを見た後ろの者達は慌てて追いかけ始めた。
すさまじい速度であっという間に引き離すと、T字路に差し掛かる。一瞬の逡巡の後に左に曲がる。だがその路地の向こう側から新手がやってくる、慌てて踵を返し右側に向かうがそちらにも追っ手が来ていた。道を全て封じられ、少年は路地の壁に追い詰められた。
「ふっふっふ。もう逃げられませんぜ」
「観念して貰いましょうか。ねえ……
にやにやと笑いながら女が少年のフードを捲る。そこから現れたのは……
……救世の天子様ぁ♪」
そうして正体を現した救世の天子に信者達は我先にと群がっていく。
「おお~やはり、救世の天子様じゃったか!」
「有り難い事じゃ~これで3年は寿命が伸びたのう」
「だからぁ……今のぼくは救世の天子じゃなくて只の子供なんですってば……」
溜め息をついてもう何度目になるか分からない説明をするのだが、
「いやいや、何を仰られますか! あなた様こそ救世主の中の救世主! あの異界の犠牲者すら救った真の救世主、キングオブ救世主じゃないですか!」
(何回救世主言えば気が済むのこの人……)
異界の犠牲者とはユージの事である。あの事件以降この呼び名が定着しつつあった。クロは、最後に魔神ネクロフィルツから言われた忠告、即ち『普通の少年に戻って幸せな一生を送れ』に従い救世主稼業(?)を止め只の子供として第二の人生を歩む事にしたのだった。実際復活した時に契約は全て解除され今のクロは魔力も持たない異常な運動神経と丈夫な身体を持つ子供でしかない。(充分それでも凄いのだが)因みに髪と瞳の色は両方とも銀色である。
しかし、今のように信者に見つかっては崇め奉られ、貢ぎ物を納められ、ちっとも普通の少年としての生活を出来ていなかったのだ。だから正体を隠す為の変装をしているのだが、それも簡単に見破られる始末であった。
「ちょっといいですか? 救世の天子様」
並居る信者達を押し退けて、一人の男が前に出てきた。クロは何だか変な感じがした。どこかでこの男の声を聞いた事があるような気がしたのだ。男の姿を確かめようとするのだが、クロ同様全身をフードで覆い正体が分からない。
「はい、何でしょうか」
すると男はひざまずき右手を前へと差し出した。すると、ぽんっ という音と共に一輪の美しい薔薇が男の手に掴まれていた。
「ああ、我が愛しの救世主様。なんと美しくお可愛らしいお姿なのでしょう。貴方の魅力を表すのに、この薔薇一輪では到底足りませぬ」
ポカーンと、クロを始めとするその場の全員が何が起きたのか分からず唖然とする。だがすぐに男がクロを口説いているという事に気付き全員が殺気立っていく。
「てめえ……」
「よりにもよって救世主様に手を出そうとは……覚悟は出来てんだろうな!?」
それはもう冗談では済まされない雰囲気と化していた。魔族信仰及び真、女神信仰において救世主への手出しは絶対のタブーなのだ。
何せこの美貌にこの性格である。許してしまえばクロを取り合っての殺し合いがいつ始まっても可笑しくないのだ。その絶対のタブーをこの男は堂々と破って見せたのである。
周囲を取り囲まれ殺気に包まれても男は全く怯む様子を見せず、これみよがしに溜め息をついてみせた。
「お前達、一体何時までこのあどけない救世主様に取り憑いて大切な人生を奪い取るつもりだ? いい加減寄り掛かるのは止めて一人立ちしたらどうなんだ」
その口調はさっきまでの芝居かかったものとは訳が違い本物の殺気が含まれていた。その鋭く冷たい視線に呑まれ、彼が睨み付けるとひいぃ、と情けない声を出して一目散に逃げていった。そんな彼等を目で追いながら男は溜め息をついて、
「やれやれ。崇め奉るならばせめて有事の際はその身を持って守るのが信者の務めだろうに」
「あの、貴方は一体……?」
訳が分からないといった顔をするクロに男は苦笑して、
「おやおや、救世主殿。私と最後に交わした言葉をお忘れですか?」
とまた芝居かかった口調で言った。
その瞬間クロの脳裏に閃くものがあった。
そうだ。
確かに彼は別れ際にこう言っていたではないか。
「さらばだ。そして、また会おう」と。
フードを捨て去ったその下から現れたのは、豪奢な意匠が施された黒いスーツ。青い髪に紅い両目。紅茶をこよなく愛しよく飲んでいた男。
「魔神ネクロフィルツ……!」
「もう魔神ではない。そして、もう契約者でもない」
「え……」
クロの顔を見てたまらず吹き出すネクロフィルツ。
「フハハッ! そんな寂しそうな顔をするな! 契約者としてではなく、新しい関係を築く為に会いに来たのだから」
「新しい……関係?」
クロはネクロフィルツの言葉をおうむ返ししながら何だか釈然としないものを感じていた。この男、ここまで悠々と余裕綽々に話すタイプだっただろうか?
何だかしばらく会わない内に随分大人になったというか社会経験を積んだようだった。そんな事を考えていたクロだったが次のネクロフィルツの爆弾発言にそれどころでは無くなった。
「最初にお前に送った言葉、あれは嘘でも世辞でもない。私の紛れもない本心だぞ」
「うん? …………あ、うええっ!?」
途端に慌て出すクロ。無理もない。色恋沙汰には生まれてこのかた縁がまるで無かったのだから。
「だから、普通の少年に戻れと言ったんだ。救世主のままではおちおちアプローチも出来んからな」
「あう……あうあう…………!!」
クロは全身を茹で蛸のように真っ赤にして固まってしまう。そんなクロにネクロフィルツは再びひざまずき、クロの指を手に取った。
「さあ、我が愛しの君よ。私の気持ちにどうか答えては貰えまいか? 其方が味わってきた苦しみ、辛酸、抱え続けてきた孤独、のし掛かる重圧、それら全てを理解し受け止め癒せるのは世界で只一人、この私だけだ! 何せ産まれたその時から見守り続けてきたのだからな! さあ、返答は如何に!?」
「ご………………」
「ご?」
「ご……めんなさーい! よく分かりませーん!!」
そう叫んで走り出すとあっという間に居なくなってしまった。一人取り残されたネクロフィルツは全く焦る事なく悠々と後を追いかけ始めた。
「ふふ、今はまだそれでもいいさ。いくらでも待とう。悠久の時の牢獄の中で救いを待ち続けたのだから!」
数奇な運命に導かれ、苦しく辛い戦いを続けてきた救世の天子ことネクロフィルツ=フォンデルフ。
彼の新たな人生はまだ始まったばかりである。
【完】
つまりこの物語はネクロフィルツさんの壮大な光デンブ物語だったというオチで。最後までお付き合い頂き有り難うごさいましたm(_ _)m




