211話
創世神は倒れたユージの身体に近付くと両手をかざし魔力を込め始めた。
「これは、回復魔法か?」
「いや、この魔力の輝き、普通の回復魔法じゃない」
呟くジュレスと片目に創世神はニヤリと笑って言った。
「そりゃそうさ。僕の生命そのものを注ぎ込んでいるんだからね。唯一僕が使える最大最高の回復魔法さ」
「「「ーーーーーー!!」」」
創世神の言葉に全員が絶句した。
「待って、お父さん……それはつまり、お父さんが」
さっきまでの駄々っ子も吹っ飛びシュドフケルが真っ青になってそう聞いた。
「死ぬよ、勿論。命は等価交換でしか救えない。何もかも都合のいいハーピーエンドなんて存在しないんだよ。残念ながらこの世にはね」
「おい、止めろ! 誰が助けてくれって頼んだ!?」
「このまま死んだら化けて出るんでしょ? 幽霊になってまでこの世界の皆さんに迷惑をかけさせる訳には行かないからね」
「うるせえ! 俺はお前なんかに助けられたくねえって言ってんだよ!」
「これは助けなんかじゃない。僕の只の自己満足だ」
「何だと!?」
創世神はここでにこりと微笑んだ。
「クロの言った事を覚えてるかい? 罰は、下されるんだよ。君たち二人がこの後どんな処罰を下されるのか知らないけど、僕はそんなのに付き合うのは真っ平御免なんだよ。だから、君を命を懸けて救ったって言う免罪符を掲げてあの世にとんずらするのさ。他人に責任を押し付けて逃げるのは僕の得意技だもの」
顔色一つ変えないで言い放った。だが、その手が微かに震えているのをユージは見逃さなかった。
「てめえみてえな臆病者が! そんな事出来る訳ねえだろが! 無理してんのがバレバレじゃねえか!!」
「そうだよ。僕は臆病者だ。いつも大事な事を人に押し付けて逃げ回ってるだけの、ね。怖いよ。怖いさ! でも! だからこそ! 最後くらいはカッコつけたいじゃないか!!」
「お前……」
「君はまだまだ報われてなんかいないんだよ! もっと幸せにならなきゃいけないんだよ! そこのちょっと頭の足りないお馬鹿ちゃんと結ばれて遅咲きの青春を謳歌して、今まで得られなかった報酬を貰って、それから自分の犯した罪と向き合って、償って、それから死ぬんだよ! 君はここで死んでいい人間じゃないんだよ!」
あまりの創世神の勢いと気迫にぐ……と押されながらユージは心底忌々しげに呟いた。
「くそったれ……それはてめえだって一緒だろが……!」
このユージの言葉に創世神はしてやったり、と言った顔で、
「言っただろ? 僕は臆病者なんだ。そして卑怯者でもある。先に逝って待ってるよ……!」
そこで喋るような余計な余力はなくなったらしく、後はただ無言でひたすら生命力をユージに注ぎ込んで行った。
誰もそれを止められなかった。唯一シュドフケルだけがオロオロしながらクロの服の裾を握り追い縋ろうとしたが、クロの顔を見て何かを悟り、諦めて項垂れた。
クロは泣いていた。ぐじゃぐじゃに泣き潰れているシュドフケルよりも酷く。その顔を見てクロの方が自分より辛いのだと気付いてしまい何も言えなくなったのだ。
そうして、やがて治療は終わり、一人の孤独な科学者だった男の命と引き換えにユージは復活した。
横たわる躯を見つめながらユージは囁くように呟いた。
「あのやろう……結局最後まで素直に謝らねえで先に逃げやがって……」
憎まれ口を叩きつつも、その声色には寂しさが込められているようにその場の全員には聞こえた。
「それはユージだっておんなじでしょ!?」
シュドフケルの声と共にユージの頭が地面へと叩きつけられた。
「ぐえっ 何しやがる!」
「ボクたちだって数えきれない程の罪を犯したんだ。許されそうにないからって、謝る事から逃げちゃ駄目だよ。いっぱい頭を下げて、ごめんなさいしなくちゃ」
ユージは目を点にした後、やっぱりこいつにゃ叶わねえなぁと苦笑した後、地面に頭を擦り付けて謝罪した。
「済まなかった。謝って済む事じゃねえ事は理解しているつもりだ。何年、何十年、何百年かかっても、犯した罪を償っていくつもりだ」
「本当に、済みませんでした。ユージと一緒に、命ある限りこの世界で罪を償っていこうと思います。あの世に逝って地獄に落ちても、許されるまで償っていくつもりです」
そこまでの途中の経過は省かれていたものの、気をきかせていたジュレスがこの瞬間を虫に収めており、二人の土下座動画は後に世界中へと配信される事になった。
こうして、全世界を巻き込んだ救世の天子クロとその仲間達の長きに渡る苦しい戦いは遂に終わりを告げたのだった。




