210話
黄金の髪。黄金の瞳。世界中の祈りを一身に引き受けて、クロは再び女神を召喚した。クロと重なりあった女神が、巨人と向き合う。
巨人は、攻撃を仕掛けてくる事もなく、微動だにせず沈黙を貫いていた。そんな巨人に女神はうっすらと微笑んで、優しくその身体を包容した。
眩い光が迸り、巨人の身体を内部から消滅させていく。消えていく身体にも巨人は反応を見せずむしろ身を委ねているようだった。
暖けえ……
光が射し込んでくる。
さっきみたいに眩しくないし苦しくねえ。
それどころか、心地いい……
これが、
この暖かい光が、
ずっと俺の待ち望んでいた救いって奴なのか……?
へっ。
けれども、やっぱり……
シュドの奴に振り向いて欲しかったなあ。
惚れろとは言わねえ。
一瞬でいい。
ほんの一瞬、あいつの瞳に俺の姿が映ってくれりゃあなあ。
安心して死ねるんだがなあ。
幾らでも地獄で罪を償ってやるってのに……
そう考えていたユージの前には、何故かユージが居た。
あん?
どうなってんだこりゃ?
死んじまって体から魂が離れちまって、
死んだ自分の体が目に映ってるのか?
そう考えたが、そうではない事に気付く。
何故なら、暖かいからだ。
先程の光ではなく、人の体温。
誰かが自分を抱きしめているのだった。
それは……
「シュ……ド…………?」
目を開けると、そこにシュドフケルが居た。
泣きじゃくって、全身を震わせて、自分に覆い被さるように強く抱きついているシュドフケルの姿だった。
「ユージ……! ユ~ジィ~……」
ああ、またこいつは…………
泣き虫はちっとも治りやがらねえ。
そう思って泣き続けるシュドフケルの瞳を覗きこんだ時、ようやくユージは先程のもう一人の自分の正体に気が付いた。
「ああ、映り込んでるじゃねえか。ちゃんとよ……」
「ユ~ジィィ……ごめん、ごめんよお~~。ごめんなさい……僕、僕ぅ……」
「ああもう、泣くんじゃねえ! いいんだよ、もう……」
「え?」
キョトンとするシュドフケルに、ああ、やっぱり俺こいつの事好きだなあとか馬鹿な事を考えながらユージは笑って言った。
「俺みてえな糞野郎には過ぎた冥土の土産を貰ったよ。だから……もういい。これで安心して逝けるってもんだ」
シュドフケルの身体が凍り付いた。そう、女神の浄化作用はユージ自身にも及んでいた。余りにも深く魔神と繋がり過ぎたのだ。そして、途端にシュドフケルは勢いを増してギャン泣きし始めた。
「嫌だあ~~!! 嫌だよお! 駄目だよ 死なないでよユ~ジ!!」
「馬鹿 もう無理だっつうの……」
「何でだよお! いつだってユージは僕のワガママ聞いてくれたじゃないかあ! だから、だから僕はあぁ~……!!」
などと泣き叫び回り駄々をこね始める。その目に、彼の弟の姿が目に映る。直ぐ様シュドフケルはクロに飛び付き懇願する。
「クロぉ~~!! お願いだよおユージを助けてよお!! 僕何でもするからあ!」
泣きじゃくり懇願する兄にクロは頷いてやる事が出来ない。彼にも最早どうにもならないのだ。そんな困った様子のクロを見てユージが助け船を出す。
「あ~もうこの駄々っ子小僧が! 普段はキリッとしてる癖にどうして泣き出すと止まらねえんだ!! てめえ何百歳児だこらぁ! いい年して可愛い弟を困らせるんじゃねえよ!」
「そんなの知らないよ~!! 数えるの忘れちゃったもん!! 気付いたんだもん、やっと、やっと気付いたのにここでお別れなんて嫌だよぉ~!!」
ユージはここでちょっと本気で切れてしまい、全力で惚れた相手を睨み付けてしまった。しまった、と思った時にはもう遅かった。こういう場合、シュドフケルの泣き虫は更に加速し、結局最後はユージが折れる羽目になるのだ。
「びゃあああああああん!! あああああん!! だって、だって好きなんだよお! 創世神様に会ってやっと自分の気持ちに気付けたんだよお!」
このシュドフケルの台詞にユージは心臓が止まりかけちょっとだけ早くあの世に逝く所だった。
「おい、今、なんつった……」
バクバクと今にも破裂しそうな心臓を押さえ震える唇を動かしながらユージはシュドフケルに聞いた。
「だからあああ、好きなんだよお!! いつでも僕のワガママ聞いてくれて、寂しい時は一緒に寝てくれて、欲しいオモチャは何でも用意してくれて、美味しい食べ物やお菓子を用意してくれて、おねしょしちゃった時は僕の代わりにベットに潜り込んでくれるそんな優しいユージの事が好きなんだよお!!」
こんなにカッコ悪くて情けない告白がかつてあっただろうか。クロは、ユージのこれまでの苦労を思いつつ、ホロリと涙を流していた。今まで何となく抱いていた実の兄に対する『理知的で真面目な兄』というイメージが脆くも崩れ去ったのだった。
「マジかよ……マジかよ畜生……最後の最後にとんでもねえ爆弾置いて行きやがって……! これじゃあ未練が残って死ねねえじゃねえか! 化けて出るぞこらぁ!!」
そう憤る彼を誰が責められようか。この場の全員が改めて『ああこの人は本当に恵まれない星の元に生まれて来たんだな』と思ったのだった。
「化けて出る必要はないよ。君は死なせないから」
創世神のその言葉にシュドフケルが飛び付く。
「ほんと、ほんとですかあ! おと、お父さん!!」
「あ、ああ……」
涙と鼻水と涎まみれの状態で飛び付かれ若干引いてた創世神だったが、気を取り直して改めて宣言するのだった。
「任せてくれ。ユージは僕が助ける。この命に懸けて」
創世神の放ったこの言葉の意味をクロ達はすぐ知る事になる。




