209話
「皆……! 世界中の皆! 聞いて下さい」
クロは虫の中継を通して世界中に語りかける。
「あの巨人は、元は人間です。異世界から召喚された、別世界の人間なんです」
ざわ……と目に見えないさざめきが世界に広がる。世界中の視線が黒い巨人に集まる。
「彼は、悪です。紛れもない、悪。彼のした事は決して許されない事です。どんな事があろうとも」
「だけれど」
「彼をその悪に追いやったのは、ぼく達なんです。ぼく達が、いや、ぼく達の世界が、彼からそれ以外の道を全て奪ってしまったんです」
「罪を見逃せという事じゃない。帳消しにしろという事じゃない。彼が、自分の犯した罪と向き合う為に、その罪を償う為に、やらなけらればならない事がある」
「彼は、英雄でした。この世界の為に力を尽くしました。道を途中で違えてしまったけれど、それでも。彼は、勝手な理由で突如連れて来られたこの世界を良くする為に全てを捧げて来たんです!」
「犯した罪は決して見逃されてはならない! ならば! 彼が成した功績もまた見逃されてはならないんだ!!」
「クロ……君は……救おうというのか、ユージを」
「クロ……!」
創世神とシュドフケルの頬を伝うものがあった。涙だった。何故かは分からない。けれども、ユージを救う為に必死に呼び掛けるクロを見ていると、まるで自分達が救われようとしているような錯覚を覚えるのだ。
「誰も認めなかった! 誰も見ようとしなかった! 誰も知ろうとしなかった! だから、彼は道を誤った!!」
オオオオオオン…………
「お願いです! 彼の事を認めてあげて下さい! 見てあげて下さい! 知ってあげて下さい!」
オオオオオオオン………………
「クロ……」
「クロ……もしかして君は……」
「倒そうってんじゃなく救おうってのか……!」
「女神の奇跡を使って……!」
付き合いの長いパーティーのメンバーはクロの意図に気付き始めていた。
オオオオオオオオン…………………
畜生。
今更何だって言うんだ。
今更何を信じればいいってんだ。
ふざけるなよ。
どうせ期待させといて最後は裏切るに決まってるんだ。
ずっとそうだった。
ずっとそうだったんだよ。
期待するだけ後が苦しいんだよ!
期待なんかさせるんじゃねえ!!
オオオオオオオオオン……………………
待てよ、て事は……
俺は期待しちまってるって事なのか?
あいつに……
あいつが起こす奇跡に……
オオオオオオオオオオン………………………
それにしても、何だってんだ?
さっきから、オンオンオンオンうるせえったらありゃしねえ。
……………………………
もしかして……
もしかしてこれは…………
「ウオオオオオオオオオオン…………………………… オオオオオオオオオオオン…………………………………!」
泣いているのか、俺は?
あいつが俺のために必死に語りかけてくれる事が嬉しくて……
それで…………
世界中の人々がそれを見た。漆黒の巨人が瞳から大粒の涙を流すのを。
「泣いている……」
「泣いているんだ……!」
「救世の天子様のお言葉が、あの巨人に届いているんだ!」
「じゃあ、あの巨人はやはり……」
「人間なんだ……! 救世の天子様の言っている事は本当なんだ!」
「で、でも……分かってやれって言われてもさあ……」
「そうだな、どうすれば……」
「でもよお……? 誰にも認められねえ見て貰えねえって事はよお……生きてても死んでるのと変わんねえんじゃねえかなぁ……」
「そうだなあ……」
「俺馬鹿だから難しい事はよく分かんねえけど、一人ぼっちは寂しいよな」
「だなぁ。オイらはその孤独の上に胡座こいて座って生きてきたって事なんだろなあ……」
様々な声が、想いが、語り合い意見を交わしていく。彼等はまだ気付いていない。直接言葉を交わせる筈のない世界中の人々と自分が語り合っている現状に。
「それは何だか申し訳ねえなあ」
「この世界の為に尽くしてくれたんだろ? この世界の人間でねえのに」
「苦しい目に合わされたのは許せねえが、受けた恩は返すのが筋ってモンだ」
少しずつ、議論は傾いていく。救ってあげよう、救ってあげたいという方向へと。
しかし……
「でもよお、具体的にどうすればいいのかやっぱり分かんねえよ」
「うん、救世の天子様には申し訳ないけどやっぱりそうなるよな」
「祈って」
「「「…………………………!!!!」」」
「彼の為に祈ってあげて下さい。彼を救ってあげてって」
「女神の奇跡……」
誰かがボソッと呟いた。
「あ」
「そうか」
「それなら!」
「「「それならきっと何とか出来る!!」」」
そして。
そして世界中の人間の、魔族の、あらゆる種族の生きる者達の祈りが一つになり。
再び、女神が降臨する。




