208話
「ふふ、何だかみっともないなあ。往生際が悪くて」
しみじみとそう呟いたのは全身を真っ赤に染め回復魔法でも修復が不可能な程に徹底的に痛め付けられた片目だった。
「いいじゃねえか。往生際が悪くて結構、ぶさまに情けなく死んでやるさ」
「いや、そっちじゃなくてだな」
「あん?」
ユータが怪訝そうな顔をした。
「未だにクロの死が信じられないんだ。この目ではっきりと死体を見たのに、ひょっとしたらまた奇跡かなんかでも起こって生き返るんじゃないかってなぁ」
「「「……………」」」
誰も片目を笑わなかった。誰もが同じ事を考えていたからだ。
「ホントに、信じられねえよなあ。クロが死んじまったなんてよ」
「そうだね。何だかんだ言って、どんなに追い込まれた状況でもクロは、負けなかった。生きて戻ってきたもんねぇ」
「そんなあいつの姿に何度助けられてきたか……」
ユータが、どこか遠い目をして言った。
「だけど今回ばかりはクロの助けは借りられ無さそうだ。救世主様に甘えてばかりいないで、たまには自分達だけで踏ん張らなくちゃねえ」
コーデリックの声と共によっこらしょ、とユータが立ち上がる。全身のオリハルコン製の鎧にはあちこち罅が入り所々欠け落ちていた。そして足元にはおびただしい量の赤い血の池が出来つつあった。
「でもまあ、悪くはねえなあ。直ぐにクロの後を追えるんだからよ。しかも皆一緒にな」
そう言うジュレス(=片目)達の目前では、魔神が光線を放つ為に大量の魔力を集結させつつあった。この光線が放たれれば全てが終わる。
「悪いねえジュレス。死ぬ時はボクがユータの隣だ」
「ふん、後でたっぷり取り返してやるさ。死んじまったら未成年だの何だのモラルに囚われる事はねえだろ? たっぷりと体の隅々まで可愛がって貰うさ!」
二人のやり取りにユータは顔を真っ赤にして、
「お前ら、こんな時に……!」
と体をよじらせる。
「いいじゃないか。最後くらい。何だったら、私もまた抱かれてやってもいいぞ? あの世で私を抱いてくれるのはお前くらいだろうしな」
「バカ! お前は宿命のライバルがいるだろうが! 奴にでも抱いて貰え!」
「なっ!……な、何を言うこのバカちんが! あいつは、あいつはそんなんじゃないぞ!!」
「「おやあ~? その反応怪しいですねえ~?」」
「うっさい黙れ正妻愛人コンビ!!」
「「正妻って勿論 オレ(ボク)の事だよね(な)!?」
「あ~ もう黙れ黙れ! もうすぐ奴の攻撃が来るんだぞ!?」
いい加減にしろと言わんばかりにユータが叫ぶと、
「楽しそうだね。ぼくも混ぜてよ」
「「「「ーーーーーー!」」」」
聞こえる筈のない声が聞こえた。
「な……え……?」
片目が、
「嘘……本当に……」
コーデリックが、
「生き返っちまったってのか……?」
ジュレスが、
「……クロ!!」
ユータが、
驚きと喜びに顔を紅潮させる。
そこに経っていたのは、
紛れもなく、
ネクロフィルツ=フォンデルフその人だった。
そして。
「おお……!」
「救世の天子様だ!」
「クロ殿だ!」
「救世の天子様が甦られて我等を助けに来て下さった!」
勿論その映像は世界中に中継されていた。その光景を見ていた人々の瞳に、明るい光が戻りつつあった。
希望という名の光が。
この間も当然魔神は光線を放とうと魔力を集結させつつあった。そして本来ならばとっくに放たれていた筈だった。しかし……
魔力とは、『魔』とは違う力が、正反対の力を持つ何かが、その発動を押さえ込んでいた。この光景をシュドフケルと共に保護された飛行船の上から見届けていた創世神は感極まって叫んでいた。
「これがっ!……これが! 長年僕が研究を続けてきた『魔』に対する特効薬、『希望』なのか!」
「暖かい……とても、とても暖かい光がクロの体を覆ってる。凄い……凄い力だ」
創世神の横に立つシュドフケルがうっとりとした表情で呟いた。
「ゴ、アアアアアアアアア…………………!!」
暗闇の中にユージは居た。永遠の闇。決して晴れない無明の闇。堕ちたら最後、永久に救われず苦しみ続ける地獄の果て。その最奥にユージは堕ちた。愛する人への想いさえその狂気に飲み込んで。
なのに。
それなのに。
この眩しい光は何だ。
この暖かい温もりは何だ。
止めろ。
もう、諦めた。
救われる事を、諦めたんだ。
墜ちる所まで堕ちたんだ。
それで、よしにしようと決めたんだ。
誰も理解してくれなかったくせに。
誰も助けてくれなかったくせに。
ずっとずっと、一人に追い込んで来たくせに。
今更……!!
「イマサラ、ヒッバリアゲルンジャネエエーーーー!!!!」
大絶叫と共に、魔神の目に確かな意志の光が宿った。
その光と、真っ正面から対峙する一つの影。
「もう、終わりにしよう。ユージ。貴方も、救われるべきなんだ!」




