207話
目の前に広がるのは、廃墟と塵の海。もう何度も見てきた風景。しかし、今回のそれは今までのとは違う。クロはそう感じていた。
「久しいな。御子よ」
クロは声に反応して振り向いた。自分を御子と呼ぶのはただ独りしかいない。
「また会ったね、魔神。いや、もう魔神じゃないのかな? 魔力は全部ユージが持っていったから」
「その様子だと己の身に何が起きたのかは理解しているようだな」
クロは何も言わなかったが、無言が魔神の言葉を肯定していた。
「御子よ。ここでお別れだ」
突然の別れの宣告にも驚く事はなく至って冷静にクロは言った。
「…………死んだんだね。僕は……今度こそ」
「半分正解だ」
魔神は彼にしては珍しくここでにやっと笑みを浮かべる。思わぬ返答にここで初めてクロにも焦りが生まれる。
「半分正解ってどういう事? ぼくは魔力を絞り尽くされて魂を削り取られて死んだんじゃ……」
「そうだ。お前は死んだ。それは揺るぎない事実だ」
魔神とは別の所から声がして今度こそクロは仰天する。そこに居たのは……
「ベオルーフ!? どうしてここに!?」
ベオルーフはクロの質問にゆっくりと首を横に振り、
「ベオルーフではない。そこの魔神と同じく魂の欠片だよ」
「え? でも魂の欠片って……」
魔神の魂の欠片がここにいるのはクロの契約者だからであり、それ以外の者の魂の欠片がここに存在する道理はない筈だった。
「創世神が言っていただろう? お前は、あらゆる者と心を通わせる特別な力があると」
「え……それって、もしかして……」
「そうだ。お前が契約を交わしているのは魔神だけではない。今までの旅の中でお前が出会い心を通わせてきた様々な者達とも、お前は契約を交わしてきたのだ。それが、救世の天子、お前の力なのだ」
ベオルーフのその言葉を皮切りに、待ってましたと言わんばかりに今までどこに潜んでいたのかそこら中から人々が現れクロに声をかけてきたのだ。
「よう。えらい久しぶりだなぁ。オレの事覚えてるか? まだ赤ん坊だったお前さんとオレとも、絆というヤツで結ばれていたらしいぜ!」
ジャケットを羽織り腰に拳銃を差した長身の中年男が、
「やああっぱりおめえは俺が見込んだ通りの『お宝』だったあなあぁ! なんせ世界を救っちまうってんだからよぉ。俺の目利きに間違いは無かったって事だああぁなあ!」
うす汚れた体に獣の皮で作られた鎧を着込んだ禿げ頭の男が、
「久しぶりだねクロ。ずっと、君の事を見ていたよ。君は、遅い来る非情な運命に一歩も引かず今日まで戦い続けてきた。君と出会えた事を誇りに思うよ。僕の天使様♪」
砂漠の民の衣装を身に纏った若い青年が、
「救世の天使様」「クロ様」
魔族信仰者が、コルネリデア城の使用人が、
「私が、私達が間違っておりました。おぞましき魔獣に成り果てたマードリックに女神様を顕現させ戦いを挑まれた貴方の姿を目にして私は己の過ちに気付けたのです」
「クロ殿。貴方は一人じゃない。貴方の周りにはいつも貴方を慕い力になってくれる沢山の者がいるのです。それをお忘れなきように」
女神信仰者が、マガミネシアの軍人が、
「救世の天子よ。今まで黙っていて済まなかったな。だが、私達がいる事を知ってしまえばお前は自らの力を早い段階で知ってしまう事になる。それではお前の魂は鍛えられない。果てなき艱難辛苦に揉まれてきたからこそ、ここまで来れたのだ。それを、肝に命じておく事だ」
黒いローブに身を包んだ魔族の男が、
「クロ様」「クロ」「御子様」「救世の天子様」
様々な者達が次々とクロに声をかけて、そして消えていく。
「皆……! どうして? どうして居なくなっちゃうの?」
涙を流すクロに声をかけたのは、
「言っただろう。お別れだと」
黒いスーツに身を包んだ青い髪の男。
魔神ネクロフィルツその人だった。
「御子よ。お前が死んだのは回復魔法の使いすぎや魔神の力による魂の侵食のせいだけではないのだ」
「え?」
「契約を交わす、それは即ち互いの魂の欠片を交換する事。お前は契約を交わす度にその魂を削り取られていったのだ」
「………………!」
「まだ生きている者達の魂達には出来ないが、既に死んだ私達なら魂の欠片のエネルギーをお前に全て渡せる。そうすればお前は生き返れる。1度死んだ事により契約は全て解除され、普通の、人間の子供と同じだけの寿命を得られる筈だ」
「そんな……そんな事が……!」
「世界中の者達全てが、お前の帰りを待っている。世界の、本当の救いを待っている。行け。再び女神を呼び出し、そして、苦しみと悲劇の連鎖を断ちきるんだ」
魔神の体が薄くなり消えていく。それと同時にクロの体が光輝き、力強さを増していく。
「そして、……そして、全てが終わったら普通の少年として幸せに生きろ。お前は……余りにも多くのものを背負わされすぎだ」
そう言って消えていく魔神の瞳には涙がうっすらと滲んでいた。
「さらばだ、そしてまた会おう。ーークローー」
視界の全てが真っ白に染められ、そして意識が途絶えた。




