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忌み子の世界救世記  作者: 紅月ぐりん
救世編
221/229

204話

 クロと創世神はあの研究室から出て再び元の時の流れに戻り、創世神特製の転送装置によってシュドフケルの居る閉ざされた区画へと跳んだ。二人が扉を開けて中に入った時、目に飛び込んできたのはガタガタと身体を震わせてうずくまる一人の少年だった。クロ達の居た位置からでは顔はよく見えない。けれども、そこにいるのは創世の御子シュドフケルその人であるのは間違いない筈だった。



 意を決してクロは声をかけた。

「ーー兄さん」

 びくん、とシュドフケルの身体が跳ねた。そのまま硬直して動かない。

「兄さん。ぼくは貴方の弟、ネクロフィルツ=フォンデルフです。隣に、創世神も……お父さんも居ます」

 創世神という言葉に反応し、シュドフケルはこわごわとゆっくり顔を上げた。クロはその顔を見て言葉を失った。

 かつて黄金の輝きを放っていたそれは輝きを失い、心の歪みを表すかのように漆黒に染まっていた。腰まで届く長く艶やかな髪、長く細い睫毛に縁取られた相貌。神の彫刻を思わせるかのような均整の取れた、だが同時に華奢な身体。そして何よりも目立つのはこの世のものとは思えない程に美しく整ったその顔。

 そこにいたのは、髪と目の色が違い若干クロよりも年が上であるもののそれ以外は全くクロと瓜二つの顔をした少年だった。シュドフケルも、己とそっくりな顔をしたクロを不思議そうに見つめた後何かに得心がいったかのようにぼそりと呟いた。

「弟……そうか。僕と殆ど同じ方法で生み出されたのか。創世神様に」

「出来れば、創世神ではなくお父さんと呼んで貰いたいな。クロがそう呼ぶように」



 瞬間、再びシュドフケルは硬直した。顔が赤くなり青くなり目まぐるしく表情が変わり、恐怖、喜び、怒り、感動、様々な感情が押し寄せてきた。そんな彼を痛ましげに見つめながら創世神はゆっくりと歩を進めてゆく。それを察知してかびくん、とまた身体が跳ねる。どうしていいのか分からないようだったが、逃げようとはしなかった。

 それを見て取った創世神は内心安堵しながらシュドフケルの目の前まで歩み寄った。

「あ……」

「………………」

 何も言えないシュドフケルを創世神はやはり痛ましげに見つめながら、ゆっくりとその華奢な身体を抱き締めた。

「ーーーーーー!」

「済まなかった。今までずっと、君達から逃げ続けてきて」

「あ……あ?」

「そして、ありがとう。今までずっと、僕の為に働き続けてきてくれて」

「………………」

 ゆっくりと創世神の放つ言葉が染み込んでくるにつれて、揺れていた目の焦点が定まってくる。

「創世神、様……? 本当に、創世神様がここに」

「そうだ。ここに居る。クロのお陰でようやく、君の前に立てた。僕はここに居るよ」



「ぅ……あぐぅ…………ひうぅ……」

 溜まった感情を爆発させるのではなく、少しずつガスが抜けていくように、力なく創世神にすがりつき啜り泣くその姿は長い年月を生きるのに疲れはてた老人そのものだった。


 なんて憐れなんだ、とクロは思った。心のどこかでやはりシュドフケルは創世神への怨みを募らせて攻撃してくるのではないかと不安に思っていた。ところが蓋を開けてみればどうだ。彼の反応は長い年月を経て親に再開した、そして悪戯を見つかって咎められるのを恐れている子供の反応そのものだった。

 これが、世界を破滅に導かんとした巨悪の片割れなのか。クロは分からなくなってきた。悪とは一体何なのか。何が本当の戦うべき敵なのか。


「創世神様……僕は……僕は……。許されない事を、決して許されない事を……」

 涙で顔をぐしゃぐしゃに歪めながらシュドフケルは言った。

「分かっているよ、僕も同じだ。決して許されない事をした……」

 創世神も目に涙を浮かべ己の過ちを激しく悔やんだ。

「まだ、終わってないよ」

 二人の視線がクロに集まる。

「兄さん、お父さん。悔やむのは後だ。まだ、終わってない。悲劇は、まだ終わってないんだ」

「ユージ……」

「ユージ? ユージはまだ生きて?」

「兄さん、お父さん、そしてユージ。あなた達のした事は多くの犠牲と悲劇を生んだ。それは決して許される事じゃない。それは償わなければならない重い罪だ」

 厳しい顔をしてクロは言う。二人も厳しい顔をしてそれを受け止める。



「だけれども、同時にあなた達は被害者でもある。運命という、人の一生を弄ぶ魔物の。そして、まだその魔物の犠牲から救われない者が居る」

「「ユージ……」」

 クロはこくんと頷いて更に言った。

「彼を、解放してあげようよ。皆で」

 創世神とシュドフケルもこくんと頷いた。

「行こう」

 そう言ってクロは走り出した。走り出したクロに後ろからシュドフケルが声をかける。

「ネクロフィルツ……いや、クロ」

「なんだい、兄さん」

「ありがとう……僕を、兄と呼んでくれて」



 クロは一瞬きょとんとした顔をした後、

 ふふ、と嬉しそうに笑みを浮かべ

「ーーどういたしまして、かな?」

 と言った。

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