203話
閉ざされた部屋。天空の搭の最上階、外部から遮断された密室。特別に作られた転移魔法陣以外では行き来出来ない、頑丈に作られている天空の搭の中でも最も堅く暑い壁。あらゆる物理攻撃を弾き超絶魔法ですら壊せない絶対的な防護壁に守られたその部屋の中に、創世の御子ことシュドフケルは居た。
「っ!?」
びくんっ、と体が跳ねた。近くに浸入してくる何者かの気配を感じ取ったのだ。しかも複数。それは近づいてきているのがユージではないという事を如実に示していた。
驚愕と、恐怖にシュドフケルの身体は硬直し顔は真っ青に染まっていた。
「そんな……嘘だ……ここに浸入者が来るなんて」
この区画は四方を強固な防護壁に守られており、空気と光を通す小さな穴以外に外に通じているものはない。外部と行き来するには隣の部屋にある特別な転移魔法陣を使わなければならない。その魔法陣の構造を知る者はユージしか居らず仮にユージが倒されたとしてもここに浸入するのは不可能だった。その筈だった。
シュドフケルの脳裏に最悪の事態が浮かぶ。即ち、ユージが裏切り彼の事を売った、という事態。
だがすぐにブルブルと首を振り自らの考えを否定した。
「あり得ない。ユージが僕を裏切るなんて……それだけは、絶対に」
そう、ユージは絶対にシュドフケルを裏切らない。
何故なら彼はシュドフケルに惚れているからだ。それももう、何十年何百年も。恐らくは始めて会ったその日から、ユージはシュドフケルという存在に魅入られその存在の全てをかけてシュドフケルの為に戦ってきた。尽くしてきた。
シュドフケルが生みの親である創世神を敬愛し彼のために全てを捧げてきたように。
ユージが自らの想いをシュドフケルに告げる事は無かった。だからといって向けられる気持ちに気付かない程にシュドフケルは愚かではない。分かっていながらずっと放置してきた。
シュドフケルには恋愛感情というものがよく分からなかった。自分が創世神へと向けている感情がただの親への愛情なのかそれとも別のものなのか彼自身にも分からない。同じようにユージが自分へと向ける感情がそれらと同じものなのかもよく分からなかった。
ただ一つ確実に言えるのは自分の胸を焦がす創世神へのこの想いが満たされない限り、他のものへ目を向ける余裕は持てないだろうという事だ。ユージが何よりもシュドフケルを優先させたようにシュドフケルが優先させるのは創世神なのだ。
今の所は、まだ。
残酷な事をしているという自覚はあった。また同時に卑怯であるとも感じていた。ユージの自分を想う気持ちを利用していたのだから。最も、それは彼だけではなく創世神もユージも同じだった。目的の為に利用出来るものは何でも利用する。それが、彼等が創世神から学び取ったやり方であり正義だった。
けれども、シュドフケルはやはり本来聡明で頭のいい少年であり頭のどこかで分かっていたのだ。自分達のやり方は間違っている。間違っていたと。だけど、分かっていてもどうしようもなかった。今現在はどうなのか分からないが少なくとも当初の創世神は彼を道具としてしか扱っておらず役に立たなければ捨てられてしまうのは目に見えていた。
シュドフケルは創世神によって生み出された特別な存在だ。特別な存在という事は、仲間がいないという事だ。彼と同格以上の存在は創世神唯一人なのだ。故に、創世神の寵愛を失ってしまえば彼はこの世にたった一人なのだ。
彼には生まれながらに人を惹き付ける力があった。それは支配と言っても差し支えのない程に強力に人の心を縛り付け自分の都合のいいように動かせる力だった。だけれども、聡明な彼はこの能力に溺れる事は無かった。出来なかった。
それは、歪んだ力だった。歪んだ力はいつか必ず自分に返ってくる事を心のどこかで理解していた。だから、本当は常に怯えていた。いつか、誰かが。何かが。好き放題やってきたツケを払わせにやってくる。彼は、不幸な事に間違いを指摘して正してくれる者が周りに居なかった。彼自身は間違いに薄々気付いていたのにそれを正す機会に恵まれず、また自分の感じた事を信じきる事も出来ずここまで来てしまったのだ。
勿論、だからといって許される事ではない。彼が、彼等がやってきた事は多くの犠牲と悲劇を産んだ。決して許される事ではない。それは十分に理解している。だからこそ、恐ろしかった。いつか自分に下される罰を想うと恐ろしくて居ても立っても居られなくなるのだ。
そして今自分の居るこの部屋に近付いてくる気配こそ、彼を断罪しにやってきた死神であるのに違いない。シュドフケルはどうする事も出来ずうずくまりガタガタと身体を震わせるだけだった。
扉が開かれ二人の家族が入ってくるまでは。




