202話
「殺さないよ。殺せる訳がない」
開口一番、クロはそう言った。
「どうして? 僕が諸悪の根元であることは間違いないのに」
創世神がそう言うと、クロは顔をくしゃくしゃっと歪めて、目に涙をいっぱい貯めて創世神の元へとすり寄ってきた。
ぎゅ、と服の裾を掴み涙声でクロは言った。
「だって、お父さんじゃないか……貴方は、ぼくの、たった一人の、お父さんじゃないか」
ハッと創世神は察した。そうだ。救世の天子は、まだたったの12歳なのだ。しかも、生まれた時から忌み子としてずっと迫害され生きてきた。救世の天子として目覚めた後も救世主として世界中の人々の為に命を懸けて戦い続けてきたのだ。
寂しくない筈がないのだ。心許せる仲間に恵まれてはいても、無条件に甘えられる相手など何処にも居なかったのだ。それがようやく、決戦の最後の最後、大詰めになるこの瞬間にようやく親に巡り会う事が出来たのだ。
創世神は己のあまりの浅はかさに笑いたくなってきた。この僅か12歳の、親の愛情さえ満足に受けられず過酷な環境で生き抜いてきた可哀想な子供に、自分は甘え全てを委ねようとしていたのだ。
「そうだ。僕が君のお父さんだ。世界でたった一人の……お父さんだ」
創世神は出来うる限り優しく、(果たして本当に自分にそんなものがあるのか甚だ疑問ではあるが)愛情を込めて抱き締め頭を撫でた。やがて、声を殺し啜り泣く声が聞こえてきた。
「ごめんよ……ずっと寂しい想いをさせて。辛い想いばかりさせて。本当に僕は……駄目な奴だ」
事この時に至ってようやく彼は気付いた。クロに任せてはいけないのだ。頼ってはならないのだ。そんな資格はとうに失っているのだ。神としても、人としても、親としても、自分は完全に失格なのだから。
「僕が間違っていた。僕が、僕自身が彼等の前に立って決着を着けなければならない問題なんだ。済まなかった。本当に、済まなかった……」
クロは相変わらず白衣に顔を埋めて泣き続けている。創世神はクロが泣き止むのを待って、クロの肩を優しくつかんで離した。
「クロ君……いや、クロ。僕は行くよ。今さら僕が行っても何の償いにもならないだろうけど…」
そう言って歩き始めた創世神の背後から呼び掛ける声がした。
「待って、お父さん……ひとつ、聞きたい事があるんだ」
「なんだい?」
「ぼくが救世の天子として生まれたのは、僕の意志なの? それとも……」
それはクロにとって看過出来ない問題だった。今まで自らの意志で行ってきたと信じていたものが実は創世神によってお膳立てされた偽りのものにしか過ぎないものだったとしたら……
もしそうならクロは救世の天子として再び立てる自信はなかった。
「君が救世の天子として生まれてきたのは君の意志によるものだ。安心して」
返ってきた答えにクロは大いに安堵する。そんなクロを優しく見つめながら創世神は説明した。
「シュドの時もそうだったけど、僕はまず最高の身体を用意した。美しく整った、御子の器として相応しいものを。そして、その肉体に収まるに相応しい輝きを持った魂を探しだし、その魂に問いた。御子として、救世主として生きる覚悟はあるかと。君は、しっかり頷いたよ」
「そっか……そうなんだ。だったら……」
クロは創世神に駆け寄りその手を取った。
「ぼくも行くよ。救世主として、救世の天子として、最後までやれる事をやる」
にこっと笑いかけたクロに創世神も笑顔を向けた。
「クロ……君を選んで良かった。君は最高の……僕の息子だ」
父親と息子は手を取り、歩き出す。
もう一人の、取り残されてきた家族の元へ。




