201話
クロは、黙って立っていた。立ち尽くしていた。創世神の口から発せられた言葉を吟味するかのように。いや、実際吟味していた。
この人は今なんと言った?
ー僕が、君を生み出したー
からからに渇いた喉からやっとの思いで声が出る。
「じゃあ、貴方は……ぼくの、お父さん?」
クロの口から発せられた言葉が意外だったのか一瞬変な顔になった創世神だったが、やがてこくりと頷き言った。
「そうだね、そういう事になるんだろうね。ついでに言えば、女神が君のお母さんという事になる」
「女神が……?」
「創世の御子、シュドフケルもそうだけど君にはある特別な力が与えられている。あらゆる者と心を通わせる力が。シュドフケルにはあらゆる者を支配する力が」
ここでクロは気付く。創世神が自分の父ならば、先に創世神によって生み出された創世の御子は自分の兄なのだという事に。そんなクロに創世神は更に言葉を重ねる。
「これはどちらもある意図を持って与えた力だ。それは、女神とリンクする為のものなんだ」
「女神とリンクする力……?」
「知っての通り、女神は人の願いを読み取り奇跡を起こす。それは、人類と魔族が神の支配とは関係なく己の願いを叶える為の一つの救いだ。かつての僕が生んだ、気まぐれの、でも、本当の意味での救いだ」
「女神は誰にでも呼べる。でもそれは簡単な事じゃない。世界が一つにまとまらなければならないのだから」
創世神はここでクロをじっと見詰めて言った。
「君は女神を呼んだ。それは君に力があったからなんだ。世界を一つにすれば誰にでも出来るけれど、その「世界を一つにする」という事は誰にでも出来る事じゃないんだ」
クロは女神を呼んだ時の事を思い返していた。確かに、あれは条件さえ満たせれば誰にでも出来る。そう感じた。そして同時に、呼び出そうと思って簡単に呼び出せるものでもなかった。現にクロはあれ以降一度も女神を呼べていない。
「女神は、人と魔族にとっての救いであると同時に安全装置でもあった。地上にどうしようもない危機が訪れた時に対応する為のね。だから有事の際にいつでも呼び出せるようにしなければならなかった」
「僕の力はその為のものだと?」
「そう。君とシュドフケルは、もしもの時の為に女神を呼び出す為の安全装置なんだ。だから他の者よりもずっと女神との結び付きが強いし女神を呼び出せる為の能力も与えられている。それは女神の子供と言っても差し支えないだろう」
「だから『お母さん』なんだね……」
「そう、それに女神にはもうひとつ役割がある」
びっとそこで創世神は指を立てる。
「世界を守護し管理する役割。そういう意味でも君たちは女神の子供と言えるだろう。なにせ救世主なのだから」
クロはその説明にはどこか釈然としないものを感じ眉を寄せた。
「君の気持ちも分かるよ。なら何故女神は今のこの世界を放置しているのか、だろう? 女神は今現在全うに機能してはいない。その為の女神信仰、その為の魔族(信仰者)排斥だったのだから」
「まさか、その為に女神信仰を歪めた……?」
「そう。女神は女神を信仰し平和を願う者達の精神エネルギーによって動いている。その力の源となる女神信仰が歪められればまともに機能できなくなる訳さ」
「………………」
ここで創世神は一旦話を区切り、一息つくとクロに問いかけた。
「さあ、これで僕の話は終わりさ。君はどうする? 僕を殺す? 処罰する? 今さらすぎるけれど、どんな決定にも従うよ」
「………………」
クロは、無言でじっと創世神を見詰めるのみだった。




