200話
計画を見守るうちに彼に思いもしなかった変化が訪れ始めていた。当初の彼は計画の遂行こそが全てであり、魔物も創世の御子も呼び出した協力者も全て道具でしかなかった。完全にそう割り切っていた。けれども、彼を、彼が生み出した創世の御子を崇めひたすら純粋に信仰する彼等を見るうちに、長い生の中で磨り減り無くなっていた彼の人間性が少しずつ甦り始めていた。
逆に、創世の御子と協力者からは人間性が失われ、目的の達成の為には手段を選ばない非情な存在へと変わり始めていた。
創世神と創世の御子。皮肉な事に彼等の立ち位置がそっくりそのまま入れ替わってしまったのだ。それがはっきりと顕在化したのは計画も大詰め、魔神計画が発案された時だった。創世神を盲信し敬愛する創世の御子は創世神の予測を飛び越えて魔を撲滅する手段まで考え出していたのだ。
しかしそれは何の罪も無い一人の魔族を犠牲にする非情なやり方だった。
目的の為に手段を選ばずどんな犠牲も厭わない。創世の御子は生まれた時の魂の輝きを失い今や第二の創世神と化していた。対する創世神は、かつての彼とは最早別の存在となっていた。
彼には、出来なかった。罪の無い魔族を犠牲にする事がどうしても出来なかった。いずれは処分するつもりで生み出した魔族を愛するようになってしまっていたのだ。それに、何百年もの歳月をたった一人で過ごしてきた彼に、掃き溜めと呼ばれる異空間に魔族を未来永劫閉じ込める事など到底許せる事ではなかった。
順調に進んでいた計画も彼等の関係もここで始めて綻びが生じ亀裂が入った。結局創世の御子達は独断で魔神計画を実行してしまったのだ。度重なる彼の反対を無視し押し通す形で。
ここでようやく彼は自らの過ちに気付いた。産みの親なら何をしても許されるのか。世界を自分勝手に作り替える事が許されるのか。断じてそんな事はない。
作り出された命だろうと命は命。彼等には彼等自身が望む道を選ぶ権利がある。世界平和という夢想に取りつかれ何もかも犠牲にして行動してきた彼にはそんな事も分からなかったのだ。
その思想の歪みが創世の御子を暴走させ、引いては今の悲惨な救いの無い世界を生み出す要因となった。全ては彼の……僕のせいだ。
姿を消した僕を彼等は怒り狂って探し回った。当たり前だ。今までやってきた事を思えば。だけれども。彼等の前に姿を表す事はどうしても出来なかった。会えば殺される。僕自身には何の力もないし力をつける手段もない。
もしかしたら僕を盲信している創世の御子は僕を殺さないかもしれない。しかし自由を奪われる事だけは間違いない。
ユージの怒りは生まれた最早盲執と呼べる域にまで達していた。僕を見つけられなかった彼は各地に残された僕の研究所のデータを調べ尽くし、僕の目的も僕の持つ科学という力も全て把握してしまった。彼は僕への復讐の為に世界を滅ぼす事を選んだ。最早、僕の命だけで済まされる問題では無くなってしまった。
……分かっているさ。これも、僕が生んだ結果だ。命を捨ててでも彼等の前に姿を表し謝罪していればこうまではならなかっただろう。
怖かったんだ。僕は。死ぬ事も、死ぬ事によって自分の全てが失われる事も。僕は卑怯で臆病だった。自身が生み出した惨状を自分で何とかしようとしなかった。僕は、傲慢な自分勝手な神としての考え方を捨てきる事が出来なかったんだ。
だから、生み出した。かつての創世の御子のように己の意志を受け継ぎ代わりに実行してくれる存在を。支配するのではなく、共に歩んでいく者を。世界を、傲慢な神のせいで犠牲になった者達を、本当の意味で救ってくれる存在を。
そう、それが君だ。ネクロフィルツ=フォンデルフ。救世の天子よ。僕が、君を生み出した。あまりにも最低な、自分勝手な理由でね。




