196話
クロが無言で頷くと創世神はどこからかその様子を補足していたのか、クロの体が光り出し次の瞬間には全く別の空間へと転移していた。
クロがたどり着いたのは、大して広くもない空間だった。そこらじゅうに機械が置かれ配線や基盤が巡らされている。壁際の大きな棚には沢山の古びた書類が陳列され机の上の透明のケースの中には異形の動植物が佇んでいた。
それはマガミネシアやザカリクの首都で見た光景とよく似ていた。高度な化学によってもたらされた高い文明の機器の集まり。とりわけこの部屋は『研究室』と呼ぶのが一番しっくりくるようにクロには感じられた。
そして、壁の一面に備え付けられた大型のモニターや数々の計器に向かい合う形で設置された横広の机に肘をかけ寛いでいた部屋の主がクロの現出に反応しこちらを向いた。
「やあ。ようやく会えたねクロ君。この時をどれ程待ち望んだ事か……」
にこやかに話しかけてくる相手にクロはとう返事を返していいのか分からず無言でただその声の主を見つめるだけだった。
男の見た目は若く、まだ20代前半くらいに見えた。金色の髪を肩まで伸ばし後ろで纏めていた。瞳の色は青。やせぎすの体に白衣を羽織る姿は正に研究者といった出で立ちだった。ただ顔立ちは整っており肉付きを良くして着るものをきちんとさせたら普通に美形の部類に入るだろう。切れ長の瞳は深い知性を称えており見た目にそぐわぬ貫禄と老成した雰囲気を漂わせていた。
この、一見何てことのないただの男が創世神なのだろうか、とクロは思った。神と呼ぶには随分と貧相な姿だった。ユージの言っていた事が真実なら創世神の正体は人間なのだから何もおかしい事はないのだが。
しばらく創世神らしき男の姿を観察した後クロは少しの間を置いてようやく第一声を放った。
「あなたが創世神?」
「そうだよ。僕がこの世界を産み出した頂本人。ある意味で全ての諸悪の根源、創世神さ。始めまして」
創世神の口から出た諸悪の根源という言葉にクロは眉を潜めた。諸悪の根源。これは、世界に混乱をもたらし多くの悲劇を生んだのは自分だと認めているという事なのだろうか? そう考え次の言葉を口にする。
「あなたはぼくの敵? それとも味方?」
「それは僕にも分からない。今はまだ」
「今はまだ?」
「それはこれから君自身が決めるんだよ、クロ君。これから君に、僕の立場から見た過去と現実を全て話そう。ユージが話したようにね。その上で、僕を敵と見なして戦うも、味方と見なして共闘するも、はたまた全く違う第3の選択を選ぶのも……全ては君の自由だ」
クロはしばし黙り混んだ。創世神はクロの返事をせかすでもなく落ち着いて待っている(ようにクロには見えた)
どうしたものかクロが考えていると、ふと思い出したかのように創世神が動いた。壁に設置されていたスイッチをパチンと動かしたのだ。途端に大きな機械の駆動音が響き、クロは警戒と緊張に体を震わせた。
「ああ、ごめんごめん。危ない事じゃないから安心して。この空間の時間の流れを遅くしたんだ」
と創世神はとんでもない事をサラッと口にした。
「時間の流れを……?」
「君はあまり悠長にしていられる状況と立場じゃないだろう? 話をするにしても時間をかける訳にはいかない。だから時間の流れを外より遅くしたんだ。まあ、中での一週間が外での1分くらいってトコかな。だから安心してゆっくり考えるといいよ」
「………………」
クロは何も言わなかったが、創世神の心遣いは正直有り難かった。外では今もユータとコーデリックがユージと死闘を演じている筈だ。今は確かに時間が惜しい。
創世神の厚意に甘えクロはゆっくり考える事にした。そして、結論を口にした。
「あなたが敵か味方か、まだ分からないけど、少なくとも嘘はついてないと思う。だから、聞くよ。あなたの、創世神の話を」
そう伝えると創世神はにっこりと微笑んで
「ありがとう。では、さっそく話そうか。一人の、愚かな化学者の話をーー」
そうして、創世神の語る物語は幕を開けた。




