193話
「ここは……」
気がつくとコーデリックは真っ暗闇の何もない空間に佇んでいた。それでも何かないかと目を凝らして周囲を見渡すと仄かな光が漂っている事に気付いた。
(ああ、これは……)
自分はこの光をよく知っている。この暖かい温もりを放つ光は、人が心の内に持つもの。人と人が、愛し合いお互いを求めあう時この暖かい光が漏れでていた。
いつの頃からか自分はこの暖かい光を追い求め色んな者達と係わりを持つようになった。
しかしいくら努力してもその光が自分の胸の中に灯される事は無かった。性別を越え種族を越え、あらゆる者達と交わり快楽に身を委ねても胸に空いた大きな空洞は満たされる事は無かった。
それは自分が魔王皇と呼ばれる魔族の頂点に上り詰めても尚叶わぬ願いだったのだ。
それがいつからだろう……胸に空いた穴の存在を意識しなくなったのは。
分かっている。彼と出会ってからだ。異世界から召喚されてきた青年。彼もまた、心に大きな傷を追い苦しむ者だった。
最初はただの興味本意。異世界の者ならば新しい刺激をもたらしてくれるかもしれないというものでしか無かった。
だけれども。その青年は、深く傷付きながらも決して汚れず潰れず、輝く魂を持ち合わせていたのだ。そうして彼と過ごしていくうちに自分の心の内に変化が起きていた。
自らの胸の空洞を埋めるのではなく、彼の胸の空洞を埋めようと行動するようになっていた。打算も見返りも求めず彼の力になりたいと心から思うようになっていた。
そうして行動していくうちにいつの間にか自らの胸の空洞を気にする事は無くなっていった。
コーデリックは薄々自分が置かれている状況に気付き始めていた。ここは自分の精神世界、その奥深く。こんな所にいるという事は即ち意識を失って倒れてしまったのだろう。そしてこのまま自分の意識は闇に溶けて消えて無くなってしまうのだろうと。
「まあ、いいか」
あっけらかんと言う。自分の命に未練は無い。前にも一度死にかけている命だ。二度目が与えられただけでも感謝しなければならないのだから。
「バカ野郎。あっさり諦めすぎだ」
飛び上がる程コーデリックは驚いた。ここは自分の精神世界、その奥深く。どうやって入り込んで来たのか。魔術が使えるジュレスならともかくユータがここに来るのは不可能な筈なのだ。
それこそ魂全てをこちらに移しでもしない限りは。
「まさか……!」
ユータの顔を見るとユータは悪びれず堂々と言い切った。
「そうだよ。全生命力、魂をお前の体に注ぎ込んだ」
「キミはっ! 何を馬鹿な事をっ」
コーデリックは思わず叫んでしまう。無理もない。全てをこちらに移すという事は元の体には何も残らないという事だ。それは即ち死を意味する。
「せっかく助かった命を……! ボクが何のために……」
「それはこっちの台詞だ、馬鹿野郎!」
怒鳴られて思わずびくっと肩を震わせてしまう。ユータは怒気を含んだ声で責め立ててくる。
「勝手にオレを救って、勝手に死んで。それでオレが喜ぶとでも思ったのか?」
「何を……ボクはただキミに死んで欲しくなかったから……キミが死んだらジュレスが悲しむから……」
何故責められているのかが分からずおどおどと言い淀むとまたユータは言った。
「馬鹿野郎! お前が死んだってジュレスは悲しむんだよ!」
「……!」
「お前、何か勘違いしてんじゃないのか? 自分は要らない存在だとでも思ってんのか? だから、自分の命が無くなってもオレが助かればそれでいい。そんな風に考えたんじゃないか?」
何も言い返す事が出来なかった。全くその通りだったからだ。コーデリックはやはりどこかに罪悪感があった。自分でユータとジュレスをくっつけておきながら後からその輪の中にちゃっかり加わった自分に負い目があったのだ。
「オレだってな。散々悩んだ。ジュレスもそうだろう。お前が悩むのを否定する資格は無い。だけどな、3人で一緒に悩んで考えて相談して、3人でやっていこうって決めたんじゃなかったのか!?
なのに勝手に脱落して勝手に死ぬのか? オレ達の気持ちを置き去りにして、一人だけ満足して!!」
「う……」
ユータは勢いのままにコーデリックの胸ぐらを掴むと更に言い募る。
「死ぬんなら3人一緒に死ぬんだよ! 生きるなら3人一緒に生きるんだよ! それがオレ達が選んだ道なんだよ! オレに生きていて欲しいと思うなら、お前も生きるんだよ!! それが、オレ達3人が一緒に歩む道を作り出したお前の、オレ達の取らなきゃいけない責任なんだよ!」
熱い。暖かい、どころではない。焼けるような切なる思いが、コーデリックの迷いと不安を焼き尽くしていく。
「生きろ、コーデリック!! オレ達と共に!」
言いたい事全てを言い終わるとぜいぜいと息を切らす。刹那、暖かく柔らかいものがユータの口をふさいだ。
「んっ……!? うむ……」
それはコーデリックの唇だった。それもまた熱かった。全身全霊で、思いを、愛しさをありったけ込めて送り返した。
たっぷり時間をかけて熱を分けあった後、ゆっくりと離した。
ユータの顔は真っ赤に燃えている。先程までは怒りと情熱の為に。今は羞恥の為に。
そんなユータを見て、コーデリックはどうしようもない思いが後から後からわき上がってくるのを感じる。
ああ、そうか。
なんで胸に穴が空いてるのか分かったよ。
思いを内から溢れさせて相手に伝える為なんだ。
最初から、光は自分の中にあったんだーー
◆
「!!」
倒れた二人の様子を伺っていたユージは、自分の気持ちを晴らす機会がまだ失われていなかった事に気付き、笑った。
「いいだろう。立ち上がるというなら今度こそ、絶望の底に叩き落としてやる……!」
眩い黄金の光が、降魔の間を照らし出していたーー。