18話
手下達が無事に子供達を連れて外へ出ていったのを確認して山賊の頭はふう、と息を吐く。ひとまず商品と手下達はこれで巻き込まれる事はないだろう。
荷馬車の一番後ろに移動し顔を出して後方を確認すると上空に5つの黒い影が見える。羽音と鳴き声が聞こえてくる。魔物がこちらに向かってくるようだ。
少年の言った「災厄」というのはあれか。チッと舌打ちするが、男が荷馬車を離れる気配はない。
「おじさん、どうして……?」
少年の驚く顔にフンと鼻を鳴らして禿頭は言う。
「言っただろうが。おめえの忠告通りとっとと売り飛ばしてやるってな」
目を丸くしている少年に更にこう言った。
「こんなとこに置いてきゃしねえ。殺しも、殺させもしねえ。…………無事におめえを売り飛ばしてやるさ、ぜってえな」
そう言った後、自分でも柄にもない事を言ったと思ったのか顔を少し赤らめていた。
少年はそれを見て心の内にある思いが湧き上がってくるのを抑える事ができなかった。
ああ、神様ーー
ぼくはなんて罪深い存在なんでしょうか……
ぼくのせいで皆に危険が降り掛かるというのにーー
皆を巻き込んだのはぼくなのにーー
おじさんがこの塲に残ってくれる事が。
無事に売り飛ばしてやると言われた事が。
嬉しくて嬉しくてしょうがないんですーー
少年の瞳から一筋の雫が頬を伝って流れ落ちた。
◆
日が落ち、暗闇が辺りを支配していた。
ボロボロになった荷馬車に、焼け焦げた4つの死体。
山賊達のものであった。
囚われていた子供達は荷馬車から離れた位置にいたため被害を免れていた。全てが終わった後にネクロフィルツの手によって縛めから解放され、いずことも知れず去っていった。
ネクロフィルツに見とれていた子供達は一緒に行こうよと誘ってくれたが辞退した。自分と一緒にいれば今度は彼らが災厄に見舞われるだろうからだ。そう伝えると名残惜しそうにしながらも彼等も消えていった。
その後ネクロフィルツは荷馬車の所まで戻ってきた。焼け焦げた匂いが立ち込める凄惨な場に少年1人だけが取り残されていた。
少年はさっきまでの事を思い返していた。
山賊の手下達は、荷馬車に戻ってきた。
「おめえら……」
山賊の頭は驚いているようだった。
「おかしらが残るってんならオレも残ります!」
「水臭いですぜ。1人で何とかしようなんて」
「俺達は一蓮托生ですぜお頭」
3人はそれぞれ頷いた。
信頼関係なんてモノは存在しないと思っていた。あくまでも利害関係による繋がりであって、手下達が戻ってくるなど全く考えていなかった。山賊の頭にとって彼等はあくまで手下でありコマでしかなかった。使えなければ切り捨てる。その程度のものでしかなかった。
ふと、男は思い出した。捨てられた赤ん坊であった自分を拾って育ててくれた死んだ山賊の頭の事を。彼がいなければ自分は今生きてなかったという事を。なぜ忘れてしまったのか。信頼していた副頭領によって頭が殺されたからだ。
山賊の集団を抜け、独りで生きると誓った。誰も信用しないと。
だが、長い年月が過ぎ気がついて見れば今度は自分が少数なれど山賊の集団の頭となっていた。それは何故だったのか-
誰からも好かれることは無いと思っていた。好意を向けられた事などないしこれからも無い。
だが、本当にそうだったのか。ただ、差し伸べられた手を払いのけて見ない振りをしてきただけではないのか。
自分は何を捨てて、その代わりに何を得てきたのか。
気付いた時には、何もかも遅かった。強い者が生き弱い者は死ぬ。残酷な世界のルールに彼等は呑み込まれていった。
◆
少年は生き残った。無傷という訳にはいかなかったが、魔物達は彼を殺す事ができないと分かると諦めて帰っていった。
壊れた荷馬車の破片を使いながらザクザクと地面を掘っていく。ある程度掘ると炭となった山賊達の死体を入れ、埋めた。木の棒を突き立てその上に焼きこげた兜を乗せる。山賊の頭が被っていたものだ。
「それは墓か」
少年の後ろから声をかけたのは銀狼族の傑物、片目だった。
「遅いよ」
文句を言って振り返った少年の瞳には涙が今にもこぼれ落ちそうな程に溜まっていた。
「すまない……」
何があったのかを薄々理解したようで、心底申し訳なさそうに頭を垂れる片目に少年はそっと寄り添い、顔を埋めた。
そうしてしばらく静かに涙を流し続けたのだった。




