190話
田中雄二の置かれていた境遇は佐藤勇太とよく似たものだった。コミュニケーション能力に乏しく、内気。人付き合いを避けるように家に引きこもり日々を無為に過ごしていた高校生だった。
そんなある日の事だ。目が覚めたら見たことのない場所にいた。石造りの開けた巨大な神殿。床には魔法陣らしき紋様が描かれており、白いローブを羽織った術者らしき者達が周囲を取り囲んでいた。
そしてどこからともなく聞こえる不思議な声。声は言った。異世界から自分を召喚したのだと。そして、この世界の浄化の為に戦って欲しいと。
ふざけるな、と思った。見た事も聞いた事もない世界の為に何故自分が命を懸けて戦わなければならないのか。そう訴えたが、自称神から返ってきた返事は、使命を果たさなければ元の世界に戻れない、という勝手極まりない言葉だった。
あまりの横暴さに雄二がキレかかったその時、柱の影から何者かが姿を現した。
その瞬間、世界が止まった。息をするのも忘れただその人物に見入っていた。いや、人なのかどうかも怪しかった。それほどにその人物は美しかった。
輝くような艶やかな黄金の髪を腰まで伸ばし、同じく黄金の双眸を長く白い睫毛が縁取る。すらっと通った鼻筋の下には、ふっくらとした桜色の唇。頬にはわずかに赤みが指し、きめ細やかな肌は絹の如く。
一目惚れだった。その言葉使いと体つきから同性である事はすぐに知れたがそんな事はどうでも良かった。どうでもいいと心から思える程に美しく可憐であった。
その少年が自分の契約者となる者であると伝えられた時、雄二の中に断ると言う選択肢は無くなった。
世界の平和などどうでも良かった。ただ、シュドフケルの為に。この少年が喜ぶのなら自分は悪魔に魂を売り渡してもいい。どんな手を使っても使命を果たす。どんなに手を汚しても構わない。
そして、田中雄二はシュドフケルとなった。
◆
ユージの絶叫が延々と響き渡り、二人の鼓膜をびりびりと揺らす。永遠に続くかと思われた叫びは唐突に終わった。
ゆら、と幽鬼の如く佇むユージの口から軋んだ楽器から漏れだす不協和音のような声が発せられた。
「神魔戦争を覚えているか?」
「「?」」
「あの時、お前達が使おうとした転移魔法陣を逆に利用して巨大な結界が貼られた事があったな? ザカリク全土を覆う規模のやつだ」
勿論二人は覚えている。あの大結界のせいで魔力は半減させられ魔族の兵士は弱体化させられたのだ。
「あれはな、魔力を半減させたんじゃない。吸いとっていたんだよ。じゃあ、吸いとった膨大な量の魔力はどこに行ったんだろうな?」
ユージの言葉にどうしようもない悪寒がせりあがってくる。ユージは両手を大きく広げると高らかに叫んだ。
「この部屋は天空の塔の中でも特別な部屋でな! 名を『降魔の間』と言うのさ! この意味が分かるか!?」
「まさか……!!」
コーデリックが顔を青ざめさせる。そんな様子を楽しそうに眺めながらユージは鍵となる言葉を放った。
「お前達に見せてやる……! 最悪最強の変身って奴をなぁ!!」
『魔装鬼身!!!!』
そして、始まった。悪意の粋を凝らして完成された最後の変身が。




