186話
ユージは右手を前につき出すと何の前触れもなく大魔法を打ち放った。大小さまざまな氷の刃がクロ目掛けて飛んでいく。呪文詠唱も魔法陣の展開もなしに放たれた大魔法に対応が送れ、まともに食らってしまう。
とは言っても受けたのはクロ。魔法攻撃はまず通用しない為にダメージは全く受けていない。
が。
ビキビキ、という音と共に打ち打された氷の刃はクロの足元を覆い地面に縫い付けてしまう。ユージの意図を悟ったユータとコーデリックが即座に前に回り込む。
ユージは間合いを詰め骸骨の長剣を降り下ろすが割って入ったユータが手甲で刃を受け止める。同時にユージは空いていた左手で黒い魔力弾を放ちコーデリックを牽制する。
すると、張り付いた氷を外そうともがいているクロの足元に魔法陣が現れた。
クロは間一髪氷を外し転げ回る事で魔法陣から発動した魔術を回避する。しかしそれすらも次の一手の為の布石だった。クロが回避するために転げ回ったその先に既に魔法陣が展開されており、まんまとクロは罠へと誘い出されてしまった。
しまった、という顔をするクロ。だが魔術に対しても女神の首飾りの防御がある為にクロには何も通用しない筈であった。
だが、次の瞬間ーー
突如としてクロの姿が消えた。
「クロ!」
鍔迫り合いを続けていたユータはユージを振り払うとクロが消えたその場所へと駆けつける。しかし、その時には全てが遅く何の痕跡も残されていなかった。
ユータはユージを睨みつけると
「貴様……! クロに何をした!?」
と怒鳴りつけた。平然とそれを受けとめながらユージは何食わぬ顔で言い放つ。
「さあ、どうだろうな? ひょっとしたら死んでしまったかもしれんなぁ? ちょっと目を離した隙に大切な仲間を失う気持ちはどうだ?」
「貴様ぁ……!」
ギリ……と歯を食い縛るユータの肩に手が置かれる。
「落ち着いて。クロは無事だよ」
「コーデリック……」
「クロには高い魔法耐性があるし女神の首飾りがあるんだ。魔法や魔術で直接危害を加える事は出来ない筈だよ」
それならどうしてクロは消えてしまったのか、と目で語るユータにコーデリックは己の予測を伝える。
「恐らくクロは転位魔法で飛ばされたんだ。思い出してごらんよ。べオルーフの時を」
ユータはその言葉を聞いてハッとなった。確かにべオルーフが超絶魔法を展開させた時クロも一緒に飛ばされている。つまりクロは転位魔法は防げないのだ。転位自体は本人に危害を加えるものではないからなのかもしれない。
「過去にクロは転位魔法によって飛ばされたという事実がある。ユージはそれを知っててどこかにクロを飛ばしたんだと思う」
「………………」
ユージは何も語らない。だが恐らくはコーデリックの推理通りなのだろう。物理攻撃も魔法攻撃も魔術ですら効かない今のクロを抑え込むにはそれくらいしかない。
「恐らくユージに出来たのは自力では脱出出来ないような場所に閉じ込めて動きを封じ込める事ぐらいだよ。移転させて危害を加えようとするのら水や土の中に飛ばして窒息死させるくらいだろうけどクロ自身魔法が使えるのだから簡単に切り抜けられてしまうし」
高所から落とすという手段も既に以前高度500メートルもの高さからのダイブからクロは生還を果たしているし、魔神化の影響であの時よりクロの力は更に向上している。
「だから、クロが今すぐどうこうなるという事はまずないよ。だから、落ち着いて。冷静さを失って勝てる相手じゃない」
「コーデリック……済まない」
コーデリックが居てくれなければユータは簡単に敵の術中に嵌まり倒されてしまっていただろう。ユータは改めて契約者の有り難さを感じた。
「厄介な救世の天子は封じ込めたと思ったが……どうやらまだ油断は出来んらしいな」
忌々しげにそう言うと、ユージは改めて二人に向き直った。
クロの離脱。けれど、まだ絶望的な状況ではない。
最終決戦の第三ラウンドが始まろうとしていた。




