185話
天空大陸に開いた大穴、その穴を覆うように拵えられたアーチの上に立つ天空の塔、その三段目に存在する降魔の間。
その大きな部屋の中で向かい合う悪意の化身と善意の使徒。ユージとクロ。二人とも微動だにしないまま睨み合っていた。
(やりにくいな……やはり)
前方のクロを見据えつつユージは内心ため息をついた。分かっていた事だが、自分達の地上破壊計画の最大の障壁は目の前のこの小さな少年である。
超絶的な美貌、周囲の者を虜にする求心力、神によって生み出された救世主。
似ているな、とユージは感じる。自分の相棒と目の前の敵はよく似ている。だからこそ、出来るならば直接顔を会わせる前に始末しておきたかった。直接相対すれば躊躇してしまいそうだったからだ。
と同時にどうしようもない憎しみとやるせなさが湧いてくる。
何故、こいつなんだ。
何故シュドフケルではなくこの少年が創世神に愛されるのだ、と。
暗黒時代に魔族信仰というものは存在しなかった。魔族信仰がこの世に生まれたのは創世神からの音沙汰がなくなってからだ。
その存在を知った時すぐに分かった。これは創世神の仕業だと。そして魔族信仰の要とも言える救世の天子、それはかつてのシュドフケルがその役目を仰せつかっていた『創世の御子』と同じものなのだと。
創世神は何かを企んでいる。そしてそれをかつての自分達と同じように今度は救世の天子とこの同じ故郷から来た少年にやらせようとしている。
ザカリクに異世界から魔力の強い者を呼び出させたのはユージ達だ。魔族信仰を滅ぼす為に女神の救い手(の偽者)の存在が必要だったからだ。
だが、まさか己と同じ故郷から呼び出されるとは夢にも思わなかった。偶然では絶対に有り得ない。これも明らかに創世神の手が加えられた結果だ。
そして恐らくは創世神の思惑通りに異世界から召喚された少年ユータはザカリクを裏切り救世の天子の味方についた。これがなければ間違いなく救世の天子を抹殺出来ていた筈だった。
女神信仰者と魔族信仰者の戦争、神魔戦争の時もそうだった。あの時マードリックの勝利は99.9%確定していた。だが、残りの0.1%、可能性としてはあっても実際にはまず起こり得ない事、女神の召喚という奇跡によってその勝敗は覆されてしまった。
べオルーフの時もそうだ。自分達の精神操作に知らず知らずのうちにコントロールされていた奴は世界中に喧嘩を売って再び戦争を起こし多大な犠牲を生み出す筈だった。
ところが蓋を開けてみればどうだ。操られていた筈の奴は逆にこちらを欺き戦争の犠牲を最小限に抑えあまつさえこちらの切り札だった核兵器さえ対策し防いでみせた。
本来ならば天地がひっくり返っても起こる筈のない事が次々と現実になり、そして気付けば今救世の天子は自分の目の前に立ち塞がっている。
もう認めざるを得なかった。救世の天子を何とかしなければ自分達は敗北する。そして、今まで自分達がやってきた事も自分達の存在価値も全て消失する。
許せない。一体お前は何様のつもりなんだ。どこまでオレ達を苦しめれば気が済む。絶対に許さない。必ずや創世神の手先であるこいつらを消し去り、地上を消し去り、そして最後には貴様を消し去ってやるぞ、創世神よ。
暗い情念に支配されながらユージは最大の脅威である救世の天子をとうやって排除するか策を練り続けていた。
クロ達に真実を教えたのは当然親切心などではない。自分の戦闘パターンは対策されている。これの対処法を考える時間稼ぎの為とあわよくば残酷な真実を目の当たりにさせ戦意喪失させる事が狙いだった。
しかし後者の狙いは救世の天子によって打ち砕かれた。ならば、自らの手で葬り去るしかない。
ある程度の算段を立てたユージは救世の天子を排除するべく行動を開始したのだった。