17話
「…………分かった」
しばらくうんうんと唸っていた禿頭が顔を上げそう言った。
「どうやらおめえは酔狂な事に俺らん事を本気で心配してやあがるらしい。…………逃がしてやる事はできねえが、おめえの忠告通り急いで売り飛ばしてやるよ。……俺らには何も問題ねえからなあ」
「ありがとう、おじさん」
そう言って少年は笑った。
それは冬の厳しい寒さから春の暖かい陽射しに変わり眠りから草花が目覚めるような、暗い谷底に明るい朝日が射し込むような、見ている人達をなんとなく幸せな気分にしてくれるような……
そんな、笑みだった。
その場にいた全員が恐れる事を忘れ、その笑顔に見入っていた。見とれていた。少年の周囲には相変わらず不気味な障気が漂ったままだというのに。
ふと、山賊の頭は少年に尋ねた。
「おめえ、なんてんだ」
「え?」
聞かれた事の意味が分からず聞き返す。
「名前だよ、名前。なんて(いう)んだ」
「あ、ああ……えとね」
はにかみながら名前を告げた。
「ネクロフィルツ=フォンデルフ」
その瞬間、今までとは比べ物にならない程の物質的な質量を持った障気が溢れ出した。
マフラーによって隠されていた少年の胸から。
「!!?」
「な、なんじゃあこりゃああ!!」
「ひええええっ」
慌てふためく周囲をよそにぶつぶつと少年は呟いていた。
「……て」
「あん?」
「ぼくを殺して!! ……ううん、多分無理だから……ぼくを捨ててこの場から離れて! 早く!!」
切羽詰まった声でいきなりとんでもない事を口走る。
「何をいきなり「災厄がやってくる! 逃げて!! 早く!」
禿頭の声を遮って大声で叫ぶ。
「皆死んじゃう! また……ぼくのせいで!! ぼくだけを残して、皆いなくなっちゃう!! もう……もう嫌なんだ! 目の前で誰かに死なれるのは!!」
それは魂の底からの悲痛な叫びだった。その尋常でない様子に禿頭は懐から鍵を取り出しあっという間に鉄格子を開いた。
「お、おかしら? 何を」
「ガキ共を外に運び出せ! 急げ!」
「あ、アイアイサー!」
混乱しながらも大男は命令通り子供達を外に運び出していく。
今の少年に触れるのは危険と判断し、少年ではなく少年以外の荷物をこの場から離す事にした。
「荷馬車を止めろ。ガキ共を連れてここから離れろ」
「お、お頭は?」
手下の質問に山賊の頭はこう答えた。
「俺は……逃げねえ」
そう言った男の声には決意が浮かんでいた。
◆
男は自分の人生を振り返っていた。生まれたばかりの時に親に捨てられた。病気を患っていたからだ。幸か不幸か、死に至るようなものではなかった為に生き残る事ができた。だが、死んでいた方が良かったのではと思うような人生だった。ゴミを漁り蛆を食らい生きる日々。強盗、殺人、誘拐、何でもやった。勝者が正義で敗者が悪だった。弱い奴が悪い。そういう彼の人生哲学は幼い頃から既に出来上がっていた。
自分を「優しい」と言った忌み子の少年。勿論自分が優しい人間などではない事はあの聡い少年は理解しているだろう。彼の人生で出会ってきた人間の中では自分のようなクズでさえ相対的に「優しい」と分類されてしまう程に凄惨な人生をあの少年は歩んできたのだ。
考えてみれば自分は忌み子ではない。それだけで確実にあの少年より自分の方が幸せだったと断言できる。それほどに忌み子は嫌われているのだ。
それなのに彼の心は澄んでいた。自分などあっという間に汚れてしまったというのに。それは穢れを知らぬ幸運な道を歩んできた甘ったれた人間の上辺だけのものではない。この世の苦しみを知り、それでも輝こうとする真実のものだ。
それが、気に食わなかったのかもしれない。
あの少年と自分とでは文字通り「格」が違うと突き付けられているようで。
普段は絶対にしない選択をしてしまった。