1話
刃の森と呼ばれる場所があった。そこに生きる生物生える植物はみな鋼のようであった。見た目は何の変哲もない普通の森である。木々が直立し草花が咲き乱れ小動物が駆け巡る。しかし、よく見ると普通の森とは明らかに違うのが分かる。
葉は刃のように研ぎ澄まされ花は鉄のように固く枝は槍のように鋭い。また、森を根城にする動物達はそれ以上に硬く鋭い毛皮や牙や爪を武器にしていた。魔物なら尚更だ。
人間でも魔物でも森に適応していないまともな種なら足を踏み入れただけで命を散らす危険極まりない土地だ。その土地を根城にする者達の頂点に立つ種族があった。
銀狼族。
銀色に輝くミスリル銀の毛皮を持ちその体は並の狼よりも二回りほども大きい。太くしなやかで強靭な筋肉を鎧の如き毛皮で覆い、ひとたび動きだせば風よりも速く動き鋭く伸びた爪と牙であらゆるものを切り裂く。その黒い瞳に映った獲物は決して逃げる事は叶わない。
出会ってしまったら生きては帰れない。死神の使いと呼ばれる彼等に恐れるものは何もなかった。
今日、この日が来るまではーー
ーー何かが、来た。
しかも突然に。
鋭く研ぎ澄まされた嗅覚を持つ彼等は、森に起こった異変を感じ取っていた。ざわ……と喧騒が広がっていく。
「静まれ」
ピタ、と喧騒が止まる。
群れの中でもひときわ大きな個体の発した一言で群れが静まり返った。片目に傷を負った個体だった。体長は5メートルを越え右目は深い古傷で塞がれている。残った左目からはただならぬ威圧感を発していた。彼女は群れの長であった。悠々たる振る舞いと発せられる覇気は正に群れの頂点に立つ者のものだった。銀狼族の長である彼女は言いしれぬ不安を感じていた。
「強い魔力を持った何かがこの森に現れたようだな」
一人呟く。しかし魔力を持つ者など珍しくもない。魔族はもちろん、魔力を持つ人間だってそこらじゅうにいるのだから。
だがーー
「この魔力……どこか普通じゃない。それに突然現れたのも気になる」
そう、先程までは片目は何の魔力も感じなかった。鋭い感覚を持つ銀狼族が何も感じなかったのだ。先程までは魔力のカケラもなかったはずだった。つまり何もなかったところに突如として強い魔力を持った存在が現れたという事になる。どこからか空間魔法で瞬間移動してきたのだろうか、と片目は考えた。しかし、それにしてもどうにも薄気味悪い気配だった。
「長ーーどうするつもりですか」
傍らに控えていた別の個体が長に尋ねる。耳が欠けた個体だった。欠け耳の疑問に片目が答えた。
「確かめにいく」
「危険です!」
思わず声を荒げる欠け耳だったが無理もなかった。
「我等銀狼族が気圧され、恐れを抱かせるもの…………只事ではございません。どんな災いが降りかかるか」
「なればこそ行かねばならぬ。放っておいて更に大きな災いになればそれこそ目もあてられぬ。どんな災いなのか見極めなければ」
真っ直ぐに同胞の目を見て告げると欠け耳は不満そうではあったがそれ以上何か言う事はなかった。
片目は勢いよく走りだじた。異変の原因を突き止めるために。
ほとんど瞬間移動としか言えない速さで移動する。徐々に感じる魔力が強さを増していく。胸の奥に感じる不安もどんどん大きくなっていく。片目は走りながら考える。
(一体この先には何がいるのか……)
巨大な体躯を誇る魔獣であろうか。それとも冥府からはい出てきた死神だろうか。
それとも、それともーー
色々な想像が頭をよぎる。考えながら走り続ける。感じる魔力が近い。もうすぐこの異変の元凶にたどり着く。
そしてついにその時が来た。
片目は目を凝らして異変の元凶をじっと見た。そしてそこにいたのは、片目の予想を大きく覆すものだった。