179話
片目達を乗せた飛行船を中心として生き残っていた飛行船12隻は天空大陸の大穴を抜け真上にある敵の本拠地へと向かっていた。
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片目とディンバーの決闘に決着が着いた後の事である。ディンバーの怪我はいつ死んでもおかしくない程の怪我だったのだが新たな力に目覚めた片目は極大魔法レベルでの回復魔法を使えるようになり、その力を躊躇う事なく使って治療を試みた。竜族はその光景を見ても特に口出す事はせず、黙って見守っていた。
ディンバーが峠を乗り越えたのを見届けると竜族は約束通り攻撃を止め天空大陸へと帰る事になった。
「ディンバーを連れて行かないのか?」
と片目が尋ねたらディンバーが乗り物代わりに使役していた黒竜が口を開いた。
「勿論長の事は心配だ。だが、恐らく長は目覚めても自ら死を選ぶ。二度の敗北、しかも同じ相手にともなれば己を許せまい。……残念だが、我等が何を言っても聞き入れては貰えないだろう」
片目は黙りこんだ。ディンバーの性格を考えれば十二分にありえる事だったからだ。そんな片目に黒竜は更に声をかけた。
「しかし、そなたならばあるいは……長の気持ちを動かせるかもしれんな。長の命を救ってくれる事を願う」
そう言って、黒竜は仲間を引き連れて天空大陸へと帰っていった。
「そうか……」
片目から事の顛末を聞き終えたディンバーはそう言って、後は黙ったままだった。
しばらくした後ディンバーが口を開いた。
「なぜ、助けた? いや、それ以前になぜ止めを差さなかった?」
「決着は着いた。ならば、あえて命を奪う必要もあるまい」
「己の寿命を削ってまで治療する必要はなかっただろう」
「お前はここで死ぬべきではないと思ったからそうしたまでの事だ」
「その後に我が自ら死を選んだとしても、か?」
ディンバーがそう言うと、片目はなんとも言えない顔をして
「お前の命をどうしようがお前の勝手だ。同じように、私がどうしようと私の勝手だろう?」
「…………………」
今度はディンバーがなんとも言えない顔をした。
「理屈じゃないさ。ただ私は、目の前でお前に死なれるのは耐えられなかった」
「そうか……」
ディンバーはそう言うと再び黙りこんだ。その表情は穏やかで、黒竜が言っていたような結末が訪れるようには見えなかった。
「……これからどうするつもりだ? やはり、死を選ぶのか?」
「いや…………」
ディンバーはゆっくりと顔を横に振った。
「少なくとも今この場で命を断つ気はない」
片目がディンバーを見ると、ディンバーは薄く笑いながら
「目の前で死なれては困るのだろう? 敗者は勝者の意向に従うさ」
「そうか……」
片目がだめ押しすればディンバーの自害をこの場だけではなく完全に押し止められたのかもしれない。しかし、それ以上片目は追及する気にはなれなかった。何となく、今のディンバーなら大丈夫な気がしたのだ。
己の想いを全て吐き出して、心の奥にしまいこんできた感情に向き合ったディンバーにはかつての張りつめた空気はもうなかった。本来の、心優しく穏やかな性格が戻ってきていた。
◆
「これから天空の塔に乗り込むのか」
「天空の塔?」
飛行船のデッキに立つ三人の眼前には大穴の上部を包み込むように拵えられているアーチ。そのアーチが角度を変え幾重にも重ねられ半球状に広がり、その上には大きな塔が建っていた。全長300メートルの高さで三段に分かれており、横幅は80メートル程。
その表面には配線や基盤が張り巡らされておりマガミネシアのブラックタワーを彷彿とさせる作りだった。
「目の前にあるこれだ。シュドフケルの本拠地だ」
『殿』を付けなくなったのは借りを返し終わったからなのか。元々シュドフケルに対していい感情は抱いていないようだった。
「救世の天子は既に先攻して進入していたのだったな」
「ああ。一刻も早く核を無力化しなければならないからな」
「生き残っていればいいがな」
「…………そんなに強いのか」
そう言うとディンバーはニヤリと笑い、
「我の方が強い」
と言い放った。
「まともに戦えば、の話だがな。奴のやり方は知っているだろう? 奴の本当の恐ろしさは戦闘能力じゃない。頭の切れと尽きる事を知らない悪意だ」
「悪意……」
「我の方が強いと言ったが、いざ戦いとなれば我は負けるだろう。今のお前でも勝てるかどうか」
「片目が負けるって言うのか?」
思わずジュレスが口を挟んだ。ジュレスとて勿論敵の恐ろしさは分かっている。しかし今の片目の強さは尋常ではない。魔王皇最強のディンバーが殆ど手も足も出ず負けたのだから。
「例えばの話だが、救世の天子を人質にされてお前達は戦えるか?」
「………………」
「勿論そうなったらお前達は何とか助け出そうと打開策を考えるだろう。だが、お前達の中で奴のやり方に対抗できるのは救世の天子だけだろう?」
ディンバーはシュドフケルからクロ達の情報を貰っている。従って今までの戦いの経緯も知っている。
「クロがやられたら負け、って言いたいのか?」
「恐らくはな……せいぜい救世の天子が生き残っている事を祈る事だ」
「クロ……」
片目のクロを案じる声が飛行船のデッキに響いたのだった。




