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忌み子の世界救世記  作者: 紅月ぐりん
練武の魔王皇編
195/229

178話

 それから。

 幾度もの衝突を繰り返し、ディンバーは全身をズタボロにされ最早死ぬ寸前まで追い詰められていた。

 だがーー



「まだだ! まだ終わらん! (オレ)は、負ける訳にはいかんのだ!!」



 血走った両目を見開き、口から泡を吹きながらディンバーは叫んだ。その気迫は、闘志は、見る者達を圧倒していた。かつての片目もまた、その勢いに気圧されたのだ。

 しかし、今は違う。片目は至って冷静に、ディンバーの死をも恐れぬ闘志の奥にあるものを見据えていたのだ。

「ディンバーよ。気付いているのか? お前を支えているその闘争心の裏にあるものに」

「なんだと……?」

 そう語りかける片目の口調は穏やかで、むしろ気遣わしげにディンバーを見つめていた。その表情がディンバーには何だか勘に触った。


「私は勘違いしていた。かつてのお前を見た時私は気圧された。竜族の長としての誇りと責任が、お前をあそこまで立ち上がらせるのかと。しかし、そうではなかった」

「……………?」

「お前を支えているもの。いや、お前の心の奥底に潜むもの。それは、恐怖だ」

 ギクリ、と体が反応した気がした。何を反応している。奴の言う事など只の戯言だ。奴に(オレ)の何が分かる。(オレ)が過ごしてきた日々を、その思いを。

 分かられてたまるか。



 ディンバーは最後の賭けに出た。体の全てを霧化させてぶつける。片目を倒すには最早これしか方法が無かった。だが、今の傷付いた体でそれをすればーー


 構わない。死など恐ろしくはない。真に恐ろしいのはーー


 そこまで考えて思考を停止させた。考えるな。それ以上は。なぜ考えてはならないのか。それすらも考えてはならない。ディンバーは心のうちにある思いを振り払うかのように全身を霧状に分解させ始めた。

 それは、恐怖だった。片目の言う通りディンバーは怖れていたのだ。


 では、何を怖れていたのか。


 ディンバーは全身を霧に変えると、片目に襲いかかった。大量の霧が鋭い刃と化し幾重にも折り重なって片目を切り裂いていく。その連撃は確かに片目の体を切り裂き、血を流させていた。これまでの中で最強最後の攻撃であった事は間違いない。



「お前が負ける事は、最強でなくなる事は、お前を最強にする為に死んだ契約者(パートナー)の犠牲を無駄なものにする事になる。お前は、何よりもそれを怖れていたんだな」

「ーーーーーーーーーーーー!!」


 頭の中が真っ白になった。直後。

「う、わああああああ!! ああああああああああーーーー!!!!」





 絶叫し、怒りを、恐怖を、焦りを、不安を、悲しみを、全て乗せて解き放った。






 あの時。

 片目の姿を見た時、その力の一端を垣間見た時。

 「人と魔族の絆の結晶、合身という奴か」

 そう言い放った時。

 確かにディンバーは思った。

 (オレ)もあの契約者(くそじじい)と合身していたら。

 強くなっていたのだろうか。

 今よりも。

 契約者(くそじじい)を殺して得た力よりも、

 契約者(くそじじい)と一つになって得た力の方が。

 上だったとしたら。

 自分(オレ)の、自分達(オレたち)のやってきた事は一体ーー










 ディンバーは強い。強くなった。誰よりも確かに強くなった。

 だが。

 強いという事は果たしてディンバーを幸せにしたのだろうか。

 ディンバーは強い。強くなった。誰よりも確かに強くなった。

 しかし、それを本当に心から望んでいたのだろうか。

 ディンバーは強い。強くなった。誰よりも確かに強くなった。

 だけど、元々の彼は霧竜(ミストドラゴン)の例に漏れず、平和を愛する心優しい少年ではなかったのか。









 ディンバーの意識は、吐き出した想いと共に空に溶け、そして消えた。








                ◆








 気が付くと、ディンバーは片目に抱き抱えられるようにして横になっていた。戦闘中はあれほどに固く鋭かった黄金の体毛は、今は優しくディンバーの体を包み込んでいた。

「気が付いたか」

 片目が声をかけてきた。その声にはこちらを気遣う色が隠しようもなく浮かんでいた。周囲を見渡す。どうやら飛行船の内部のようだった。全身を見ると包帯でぐるぐる巻きにされており、治療を受けた後介抱されたようだ。


(オレ)は……負けたのか。また……」

「私は勝ったとは思ってない」

「……真剣勝負を汚す気か。負けは負けだ」

「その真剣勝負を受けて貰えなければ負けていたのは私だ。私の力を引き出してくれたジュレスのお陰で勝てたようなものだ」

契約者(パートナー)の力、か……。間違っていたのか、(オレ)は、我達(オレたち)は」

「間違っていたと思うなら、間違いを正してまた立ち上がればいい」

 ディンバーはそう言った片目の顔を覗きこんだ。片目は少し恥ずかしそうに言う。

「私だって、沢山過ちを犯してきた。それも、思い出すのも恥ずかしいくらいにな。お前のは、カッコいいだけ私より全然マシだ」


 思わずディンバーは目が点になった。何か口にしなければ、と思う間に横からジュレスが口を挟んできた。

「ほんと、片目は黒歴史満載だからな。クロを襲いかけたり」

「襲う?」

「馬鹿! 止めろ言うな!!」

 片目は顔を真っ赤にしてジュレスを噛み潰そうとする。

「わっ馬鹿止めろ! いててててっ!!」

 ジュレスが抵抗し片目と取っ組み合いを始めた。その姿に、ディンバーはかつての己とあの契約者(くそじじい)のありし日の姿を重ね合わせていた。






「こんの、馬鹿もんが!」

「痛って、何すんだこの糞爺(くそじじい)っ!!」

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