174話
「ここは……刃の森か」
辺りに広がるのは鋼鉄のように固く刃物のように鋭い木々や草花。うす暗く日の光もあまり射し込まない。それはそのまま片目の心象を表しているようにジュレスには思えた。
ふいに景色が歪み生き物の影が周囲に現れ始める。警戒するジュレスだったが現れたその者達はジュレスの存在を全く意に介していなかった。どうも彼等にはこちらの存在は知覚出来ていないようだ。
現れたのは銀狼族であった。その群れの中心に取り囲まれるように生まれたばかりと思われる銀狼の赤子がいるのが見えた。
「ーーあれは……!」
ジュレスは刮目した。赤子の時点で1メートルはあろうかと思われる巨体、その双眸は金色に光輝いている。
片目だ。直感的にジュレスはそう判断した。この赤子は生まれたばかりの時の片目なのだ。
「おお……! この金色の瞳は、創世神に愛されし者の証」
「将来は魔王となるに違いない」
感嘆の声と共に口々に彼等はそんな事を言った。金色の瞳は魔王の証、そういう話はジュレスも聞いた事がある。事実今まで出会った魔王達はもれなく黄金の瞳を持っていた。彼等が片目を未来の魔王と持て囃すのも無理のない事だとジュレスは感じた。
『私はーー金色の瞳を持って生まれ将来の魔王、時期長として持て囃され厳しく育てられた』
(この声は、片目……!)
どこからともなく片目の声が聞こえてくる。ジュレスはその声に黙って耳を傾けた。
それから場面が移り変わり片目の幼少期の日々が映し出されていった。
片目は銀狼族の中で正に規格外と呼べる存在だった。同年代の仲間と比べて圧倒的な体躯と能力を誇り大人達ですら彼女に叶う者はいなかった。生まれながらに圧倒的な力と才能を授かった怪物。しかし、客観的に見て彼女を幸せだと思う者はいないだろうとジュレスには思われた。
生まれてすぐ親元から引き離され時期長として受ける群れの重鎮達による厳しい訓練。それは成人した一人前の大人ですら裸足で逃げ出す程苛烈な物だった。望まれるままにそれらをこなすと今度は嫉妬と妬みの視線。
何度も片目の力を妬む同族達から襲撃を受けたがその度に蹴散らしていく。そうして気が付くといつしか片目は銀狼族の長として揺るぎない立場と力を手に入れていた。
『だけど、私は孤独だった。誰にも心を開く事が出来なかった。ただ周りに望まれるままに生きる生に何の意味があるのか? 私は荒れに荒れた』
片目の言葉通り、それからは暴れまわる片目の姿が映し出される。誰これ構わず喧嘩を売り叩きのめし、こっそり群れを抜け出しては人間に化け人里に降りる。
そして極みつけには、竜族の縄張りに単身で乗り込んで行って喧嘩を売りに行ったのだ。
そしてここで当時既に竜族の頂点に立っていた若きディンバーと決闘をする事になる。しかし、両者の力の差は明らかだった。天才と呼ばれたディンバーですら当時の片目には叶わなかった。あまりにも片目の力は規格外すぎたのだ。
『だがーー私は圧倒された。何度倒しても諦めず立ち上がってくるディンバーの気迫に恐怖すらした』
ディンバーには負けられない理由があった。誇り高き竜族の長として、死んだ契約者と交わした約束の為にも断じて負ける訳には行かなかった。そうして怯んだ片目の左目を最後の力を振り絞って放った一撃が切り裂いた。そうしてディンバーは片目に一死を報いる事に成功した。
『そうして私は己より遥かに若く力の劣る竜族の長に一族を率いる長としての振舞い矜持というものを教えられた。それからは暴れまわる事もなくなり、銀狼族の長として仲間を導いてきた』
そしてまた場面が移り変わる。生まれたばかりと思われる人間の赤子を口に加え辺りを警戒する片目と、その周囲を取り囲む銀狼族の群れ。
『そして、忌まわしきあの出来事が訪れるーー』
重苦しく固い声が響き渡るのだった。




