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忌み子の世界救世記  作者: 紅月ぐりん
山賊編
19/229

16話

「おじさん……」

 銀髪の少年が禿頭に話しかけてきた。普段の禿頭なら「商品」に話しかけられても返事を返したりはしない。だがこの時の彼は特上の獲物を手に入れた事で機嫌が良かったため少年の声に応えた。


「なんだあ、お嬢ちゃん。言っとくがあ開放してくれっていう願いは叶えてやれないぞお」

 唾を撒き散らしながら汚らしく笑う。まともな人間なら眉をしかめている所だろう。だが少年は全く気にした様子もなく屈託なく山賊の頭に話しかける。

「おじさんは山賊で子供を連れ去って売り飛ばしているんだよね? だったら、さっさとぼくをどこかに売り渡してぼくから離れた方がいいよ」

「ああん?」

 珍妙な事を言うので思わず変な声を出してしまった。

 助けてくれ、ではなくさっさと売れと言う。予想していた言葉と真逆の事を言うこの少年の真意が全く分からない。


「さっきの会話聞いてたけど、ぼくが忌み子だって分かってるんでしょ? でも解放するつもりもない。だったらさっさとぼくを誰かに売った方がいいよ。何か悪い事が起こる前に」

 何でもない事のように言うがその瞳には哀しみの色があった。少年の言葉に禿頭は思わず噴き出してしまう。

「ぶ……ブワハハハハ!! こいつはおもしれえ! おめえもしかして俺等んこと心配してやあがんのか!?」

 腹を抱えて笑い出す禿頭をよそに少年は至って静かに返事を返す。



「うん、そうだよ」



 至って普通に、真っ直ぐに紡いだ言葉は禿頭の胸に綺麗に響いた。冗談や酔狂で言っている訳ではない事は瞳を見れば分かる。

「……おめえ、変わってんな。俺らあ山賊だぞ? これからおめえを売り飛ばそうとしてるんだぞ? 心配する必要がどこにある?」





「ぼくを殴らなかった」





「あ?」


 言葉そのものは分かるのだが、何を言いたいのかが分からない。


「忌み子だってだけでぼくを殴る人はいっぱいいたよ。殴って顔が露わになったら今度はいやらしい顔をしていたずらをしようとしてくるんだ。」


 禿頭は当初心のどこかで夢見がちな年頃の少年の頭がお花畑な「人類皆いい人」的な話をするのかとたかをくくっていた。だが少年の口から出てきたのは想像していたよりも遥かに重く苦しい現実という地獄を生きる者の言葉だった。

 思わず口をつぐんでしまう。


 この少年を侮っていた。この子供はわずか10歳かそこらでそこらの大人でも味わっていないような苦渋に満ちた人生を歩んできたのだ。




「おじさんは山賊なんでしょ? 山賊って、暴力を振るったり悪い事をする人達なんでしょ? ……でもおじさんはぼくを殴らなかった。いたずらもしなかった」




「そりゃ、おめえ……抵抗もしねえ声も上げねえガキをわざわざ殴る必要はねえよ。襲わなかったのは商品価値が下がるのを嫌ったからだ」

「おじさんにどんな理由があろうとも、おじさんのおかげでぼくが無傷で襲われもしなかったのは事実なんだよ。おじさんはぼくを殴らなかった」


 三回。


「ぼくを殴らなかった」


 その言葉は三度繰り返された。

 それが少年の中でどれほど重い意味を持つものなのか。山賊の頭にそれが理解できた訳ではない。ただ、この少年にとってはとても大事な事だったのだろうという事くらいは男にも理解できた。


「おじさんは優しい人だね。ぼくを殴らないでいてくれてありがとう。ぼく、おじさんの事好きだな」



 そう言って笑う。

 その笑みは、この世のどんな至宝もどんな美しい芸術作品も叶わないと思わされるような美しい澄んだ笑みだった。





 おかしい。





 何なんだこいつは?





 初めて会った時はただの「高く売れる極上の商品もの」であり、

 その次は

「何を考えているのか分からない気味の悪いガキ」であり、

 そして今は……


 何なんだ?


 なんだかよく分からないが、このままではいけないような……

このままこいつのペースに乗せられてしまえば今まで自分が必要ないと捨ててきた良心や優しさといった数多くのガラクタが実は大切な宝物だったという事を気付かされてしまうような……



 けれど、決して不快ではない。



 男にはそれが、自分が生まれて初めて他者から与えられた「好意」なのだという事が分からなかった。




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