167話
「よし、まずは第一関門突破だな」
安堵するように片目が声を漏らした。サーベルグの立てた作戦は空中に魔法陣を張り足場と結界にし、兵を地上から送り込む事。ではなかった。
勿論それも目的の一つではあるのだが、本命はそれを囮にしてクロ達別動隊を先に進ませる事である。
サーベルグが憂慮していたのはやはり核の存在である。こちらの核への対処法がはっきり分からないうちは敵が核兵器を落とす可能性は低い。が、ゼロではない。ましてや「真の敵」は今まで散々にこちらの裏をかいてきたのだ。いつ撃ってくるかも分からない。
何よりもまず核兵器を撃たせない事。その為には敵の本拠地に一刻も早く乗り込んで発射装置を破壊しなければならない。
その為にさあ狙ってくれと言わんばかりに大げさで目立つ魔法陣を展開させたのである。敵は嫌でもそちらに意識を持っていかれるだろう。後は、竜族との因縁がある片目とクロに変身したコピースライムのコピーがディンバーを引き付けその目を欺く。
司令官であるディンバーさえ騙せればこの作戦は成功したも同然なのだ。そしてそれは成功した。
今頃クロとコーデリック、ユータ、他に十数人ばかりの腕利きの護衛を乗せた小型飛空挺が天空大陸に空いた大穴を抜けて敵の本拠地にたどり着いている筈である。飛空挺はサーベルグが天空大陸の調査用に開発した物であり隠蔽魔法によるステルス機能が登載されている。囮の存在もあるし見つかって撃ち落とされる可能性は低いだろう。
サーベルグの言では今までは天空大陸にこのような大穴など空いていなかったという。天空大陸の端に発射装置を取り付けて発射するよりは穴を開けてそこから発射した方が照準がつけやすいしやり易いからだろうという事である。
そして発射装置があるのなら本拠地もそこにある筈だった。
ディンバーは、これで二度も連合国軍の策略に欺かれた事になる。誰もが怒り狂うディンバーの姿を想像し身震いした。
だが、
ガツン! という鈍い音と共にディンバーの額当ての下から血が滴り落ちた。思わぬ行動に片目以下周囲にいた者達は目を見張った。
手に持っていた半月刀の握り手の部分で自らの額を強く打ち据えたディンバーは目を閉じて深呼吸した。怒りで血が登った頭を冷やしたディンバーの顔には冷静さが戻ってきていた。
「…………流石に策謀の二つ名を持つ魔王皇よ。策では太刀打ち出来んな。……ならば我も己の本分で力を発揮するとしよう」
ぶわあああ、とディンバーを中心に濃い霧が周囲に散布され始めた。いきなりの現象に兵達は戸惑いを隠せない。
「いかん! 離れろ!! その霧の範囲内から出るんだ!」
慌てた片目が叫ぶが例によって密集している今の状態では殆ど身動きは取れない。ディンバーの周囲およそ100メートル程に広がった霧は、兵士達の体内へと入り込んでいく。
「!?」
「うぐ!?」
「か、体が……!」
次々に兵士達が苦悶の声をあげる。そしてふらふらと頼りない足取りになったかと思うと、手にした武器で同士討ちを始めた。
「!? これは一体……何が起きたんだ?」
魔術により既に片目と同化しているジュレスが疑問の声をあげる。
「あれが奴の力だ。自らの体を霧状に分散し、自在にコントロールできる」
「霧に……?」
よく見るとディンバーの左腕が消失している。左腕を分解させて霧状に分布させ兵達の体内へと送り込み操ったというのか。焦るジュレスの心を知ってか知らずか、ディンバーは悠々と語る。
「やろうと思えば内部から敵の体を爆散させる事も出来るぞ。……まあそのような残虐な所業は武人のやる事ではない。余程の事が無い限りはやらないがな」
同士討ちする兵達と押し黙る片目達を悠々と見渡しながらディンバーは言い放つ。
「さあ、戦おうではないか。魔王皇最強と謳われた我の力、存分に堪能するがいい」
こうして、最強の魔王、過去最強の敵との戦いが始まった。




