163話
飛行船の発進準備が整い、さあいざ出発! となった時クロ達に聞き慣れない声がかけられた。
「ちょっと待った」
ん? と皆が声の方を振り返るといつの間に接近していたのか、銀色の毛皮を纏った狼の群れがクロ達を見ていた。そう、銀狼族の群れである。群れ、とは言ってもかつてのような大所帯ではなく数十匹程度の数しかいない。片目が群れを抜ける際に大幅に数を減らしたからだ。
「お前達……! どうしてここに?」
「お久し振りでさあね。長」
そういって片目に挨拶したのは、現長ーー弟を次期長の欠け耳に殺され下克上を果たした兄ーーであった。その全身には無数の傷が増えており、中でも目立つのはーー。
「その尻尾……」
「ああ、これですか。何年か前にちょっとしくっちまいましてね。この有り様でさあ」
この現長には尻尾が無かった。途中から切れていたのだ。この尾無しの個体はそれ以上何も詳しくは語らなかったが、片目が群れを抜けてから相当の苦労をしてきたのだろう。元々群れの中でも卓越した実力を持っていた彼だが今の彼は長に相応しい風格と威厳を身に付けていた。
「長ーー。人間と、契約を交わしたんですね。あの時の赤子とならまだしも別の人間とはねえ」
そう言ってジュレスを見た。だが、ディンバーの時とは違い嘲るような視線ではなかった。
「人間さんよ。あんたの名前は何て言うんだい?」
「え? あ、ああ……ジュ、ジュレス……」
優しく語りかける声に戸惑いどもってしまうジュレスをどこか孫を見る老人のような慈しむ目で見ながら彼は言った。
「このお方は厳つい外見とは裏腹にヤンチャですから苦労をかけられる事も多いでしょうがよろしく頼みますよ」
「ふん、余計なお世話だ」
照れ隠しに憎まれ口を叩く片目を見ていると、ジュレスには彼の方が余程大人に見えた。片目の方がずっと年を重ねている筈だが。
「それで? 結局何しに来たんだ?」
「そりゃあ勿論、戦いに加わりに」
「「「………………!!」」」
「そんなに驚く事ですかい? ザカリクが滅んだのはあっしも知ってやす。あれを野放しにしておいたらこの世は滅びちやいますぜ」
驚く皆を尻目に尾無しは坦々と語った。
「銀狼族としてはいい加減竜族との決着を着けなきゃならねえしな」
さっきまでのどこか穏やかな雰囲気から一変して針を刺すような視線を放つ。銀狼族と竜族、共に魔族の強豪種族として度々凌ぎを削ってきた間柄であった。この機会に雌雄を決しようという事なのだろう。
「本気で言ってるのか? 今のお前達の数はかつてのーー」
「たった一匹で群れを半壊させた奴もこの世にはいるんだ。戦いは数じゃねえ」
「………………」
言うまでもなくそれは片目の事である。そう言われてしまうと片目には何も言えない。言える筈もないのだ。
「……勘違いしないで下さいや? 前も言ったがあんたを恨む気はこれっぽっちも無え」
後ろに控えていた銀狼族達も小さく頷いていた。
「そうか……」
「それに、あっし達は呼ばれてここに来たんだ。後ろの御仁にね」
「「「え?」」」
全員の視線がコーデリックに集まった。
「世界の危機だからね。強いトモダチには片っ端から声をかけたし、トモダチでなくても実力者には声をかけてきたよ。この一週間でね」
「ま、そういう事でさあ。あっしらは先に飛行船に行かせて貰いやすぜ」
尾無しがそう言うと銀狼達はぞろぞろと飛行船へと乗り込んで行った。最後に尾無しが、クロの所でぴた、と止まる。
クロと、尾無しの視線が交差する。
「ホントの事を言やあ、あんたを恨んだ事もあった」
「………………」
「けど今は感謝してますぜ」
「……どうして?」
「長に本当の仲間を作ってくれた。長が本当の自分を開放できる居場所を作ってくれた」
それ以上は何も言わなかった。黙って飛行船に乗り込んで行った。クロも何も言わなかった。
皆も、何も言わなかった。
そうして、飛行船はマガミネシアを発った。




