162話
それから3日が経過した。サーベルグの予想通りそれ以降核が落とされる事は無く、一先ずは平穏な時間が過ぎているように見えた。しかしそれも表面上だけで実際はいつ襲ってくるかも分からない敵に厳戒体制が引かれ、ピリピリとした空気が漂っていた。
サーベルグは兵を指揮、配置しあらゆる状況に対応できるように準備を整えながらも対核兵器用鹵獲兵器の量産、及び敵の本拠地に乗り込む為の世界連合軍の編成など多岐に渡りフル稼働で激務に追われていた。それは正に八面六臂の働きであると言えた。
彼自身が不死であり体の疲れを知らない事もあり三日三晩寝ずに働き続けていた。それが、判断力、注意力を散漫にさせていたのも確かである。
忍び寄る異変に気付けなかったのだから。
マガミネシアの首都、メグロボリスを取り囲むように建てられている防護壁、通称絶対防壁には衛兵がきちんと配置されており侵入者に対する用心は勿論されていた。
が、今回ばかりは相手が悪かった。忍び寄る影は全く気配を感じさせる事無く、衛兵達に気配を気付かせる事もなく、静かにその意識を刈り取った。
ばたばた、と地面に崩れ落ちるように倒れ伏す衛兵達を尻に侵入者は絶対防壁への侵入を試みる。
ブラックタワー内の一室で寛いでいた片目は突如何かに反応するかのようにびくっ、と体を震わせた。
「片目?」
急に顔を上げて固まった片目を不審に思い、ジュレスは声をかけた。片目は心ここに在らずといった感じでぼ~っとしていたが、キッと眼差しを鋭くすると
「来た……!!」
と叫んだ。
「来た? 来たって何がだよ?」
「侵入者だ……奴が近付いてきている」
「奴って誰だよ」
要領を得ない片目の説明に眉を寄せてジュレスが訊ねる。
「今すぐサーベルグを呼べ! 奴が来た!……竜族の長、魔王皇ディンバーが」
「何だって!?」
そして数分後にはサーベルグを始めとしてユータ、コーデリック、ジュレス、片目、そしてクロが集い迎撃の準備に入った。
「衛兵は呼ばなくていいのかよ?」
「相手が本当に竜族の長ディンバーなら雑兵は役に立ちません。むしろ余計な犠牲が増えるだけです」
「よく分かっているな」
廊下の奥からかけられた声に全員がハッとなる。人影が、廊下の奥からこちらへとゆっくり近付いてくるのが分かった。
そして、その男は堂々とクロ達の前に姿を現した。年齢は人間で言う所の二十代前半程。赤色の額当てを着け、ざんばらな黒髪を逆立てている。ユータの世界で言う所の唐装、中国人が身に付けている襟のなく前の切れ目をボタンの代わりに紐で止めた緑色の上着を見に纏い、下には身体のラインにフィットした黒いズボン。皮のブーツで足元を覆っていた。
何より特徴的だったのは、見る者を射殺すのではと思える程に鋭く研ぎ澄まされた金色の瞳と、全身から放たれる圧倒的な強者のオーラだった。
(((強い…………!!!)))
誰もが口に出さずに確信していた。今目の前に立つこの漢は、強い。今までに出会った誰よりもーー
クロ達の緊張を知ってか知らずか、ディンバーは至ってマイペースに己の用件を告げた。
「今日は、挨拶に伺わせて貰った」
「挨拶、だと?」
片目が返事をするとそれまで至って平静を貫いているように見えたこの男に何かしらの感情が沸き立っているのが分かった。それが、何かまでは分からないが。
「……久しいな。銀狼族の長、片目よ。いや、今は両目と言った方がいいか? 契約を交わしたのだな」
「ああ、そうだ。二百年振りくらいか? それで、挨拶とはどういう事だ?」
このやり取りで両者の間に何らかの因縁がある事が他の者にも分かった。ディンバーは片目ともう少し話したさそうであったが、まずは己の用件を片付ける事を優先したらしい。素直に目的を話し出した。
「一週間後、我等竜族は天空大陸から飛び立ちその総力を以て戦を仕掛ける。マガミネシアと言わず、全世界にな。それまでに精々準備を済ませておく事だ」
「……それを知らせにわざわざ来たのか?」
「シュドフケル殿は裏で色々画策する事を好まれるが、我はそういうまどろっこしいのは好かん。よって、宣戦布告する事にした」
「シュドフケル……覇道の魔王皇の配下だと言うのか? 今のお前達は」
「そうだ。そして地上の世界連合軍の排除を我はシュドフケル殿に一任された。だから、我のやりたい様にやらせて貰おう」
「ふざけるな……! それを素直に信じろって言うのか? どうせ核を防いだ秘密を探りに来たんだろ!?」
声を張り上げたのはジュレスだった。
「止めろ、ジュレス」
「ジュレス、落ち着いて」
片目とクロが同時に声をかけた。
「私はこいつをよく知ってる。絡め手を使うような奴じゃない」
「僕もそう思うよ。でなきゃここに来れる訳がないんだ」
クロの言葉にどういう事だ? と疑問符を浮かべるジュレスにサーベルグが答えた。
「絶対防壁は害意のある者を弾きます。彼が中に入って来れたという事は、害意が無い……少なくとも今回は戦う気はないし小細工を弄するつもりもないという事です」
「そういう事だ。核をどうやって防いだのかシュドフケル殿には調べろと言われているが、そんな事はお前達を倒してからゆっくり調べれば良い事だ」
「………………」
「……しかし、その小僧は何だ? お前程の者が契約を交わす価値はないと思うがな」
侮辱された。そう気付いた時怒りで顔が赤くなるのがジュレス自身分かった。
言い返そうとするジュレスを手で押し留め片目は言った。
「……堕ちたものだな。竜族の長ともあろう者が」
「何?」
「こいつの価値が分からないとは……憐れな奴だ」
「片目……」
突如片目からかけられた信頼の言葉にジュレスは胸が暑くなった。
一瞬目を見開いたディンバーは、わずかに驚いたような声で
「変わったな……お前が人間の小僧、いや、忌み子か……を庇うとは」
「そうだ。私は変わった。かつての私とは違う」
「……そうか。それは楽しみだ。では、一週間後に」
そういってディンバーは来た時と同じゆっくりとした歩調で帰って行った。
◆
そしてそれから一週間が過ぎた。
クロ達は戦いの準備を済ませ外で待機していた。
「竜族の長ディンバー。彼がわざわざ直接出向いてくるとは……ですが、お陰で私たちが向かうべき所が分かりました」
そう言うとサーベルグは天を指差し、
「天空大陸。それが敵の本拠地であり私たちが攻めこむ場所です」
「だけど、全世界から集められた精鋭達をどうやってそこまで送るんだ?」
ニヤリとサーベルグは笑い手にしていたスイッチを押した。すると、ゴゴコゴゴ……という地響きと共に地面が二つに割れ、巨大な翼とプロペラを幾重にも取り付けた巨大な戦艦がせり上がり姿を現した。
「これは……!?」
「ベオルーフには本当に感謝しなければいけませんね。彼はここまで予想していたからこそ世界各地に飛行船を送り込んだのでしょう」
そう、それはベオルーフが世界各地に機械兵と共に送り込んだ飛行船を改造強化したものだったのだ。
「では、行きましょうか。天空へ」
青空にサーベルグの声が響き渡ったのだった。




