160話
そうして、説明を終えてユータは押し黙った。核の衝撃は、ユータにまるで頭をがあん、と殴られたような衝撃を与えていた。だがそれは、核兵器の恐ろしさだけから来るものでは無かった。ユータを心底怯えさせたのは、この世界での核の存在を知ったと同時に頭に浮かんできたある恐ろしい仮説によるものだったのだ。
少なくとも今まで核兵器がこの地上で使用されなかった事は明白である。そんな事が起こっていれば必ず歴史にその事実が刻まれているだろうし、核兵器自体が認識されていなくともそれだけの恐ろしい被害があった事は伝えられている筈だからだ。ユータはこの世界に飛ばされてからそんな話は聞いた事が無いしかつて見た事のある歴史書の類にもそんな記述はなかった。
そしてこの核兵器は高度な科学力によって産み出された兵器であり少なくともこの世界の一般的な文明水準で作れるものではない。作れる技術があるのはザカリクとマガミネシア、そしてザンツバルケルぐらいのものであろう。
ザカリク、それはユータと因縁浅からぬ国である。この世界にユータを召喚し、女神の救い手に偽装し祭り上げ戦争を起こした。そしてユータの記憶から故郷である地球の兵器やその技術を盗み出し様々な兵器を開発し産み出した。
ならば……こうは考えられないだろうか? 核兵器は元々この世界に存在しない兵器だったが、ユータの記憶を元に再現され開発されたのでは? ザカリクが研究した記録を天上の支配者ーー真の敵ーーが受け継ぎ、そして完成させたのだと。
それはつまり、間接的にとはいえユータがこの悪魔の兵器をこの世界に湯現させた原因という事に他ならなかった。それはユータにとってあまりに残酷で非常な事実だった。ユータはただ全身をがくがくと震わせ怯え惑う事しか出来なかったのだ。
ユータの異変にコデリックとジュレスが驚き声をかける。
「どうしたの? ユータ」
「ユータ兄ちゃん、大丈夫か!?」
ユータを心配しつつも不思議そうにしている二人にユータは理由を教えてやった。
「核兵器は……オレの記憶から再現されて作られたのかもしれない……」
「「………………!」」
ユータが苦渋を滲ませて吐き出した言葉を聞き二人は直ぐにその意味を汲み取った。が、それ以上声をかけてやる事が出来なかった。こんな時に何て言葉をかけてやればいいのか……二人には見当もつかなかったのだ。
「まだ、そうと決まった訳じゃないよ」
「え……?」
ユータに救いの声を投げかけたのはクロだった。意外な言葉を聞きユータは思わずキョトンとした顔をしてクロを見つめた。そんなユータを安心させる為にクロは優しく微笑んで理由を説明し始める。
「今回の件、サーベルグの対応は完璧だった。……完璧過ぎたんだ。まるでこうなる事を予見していたかのように。……サーベルグは、恐らくベオルーフも……、核の存在を前から知っていたんじゃないかな? それこそ、ユータお兄さんがこの世界に来る前から」
集まった全員の視線を受けてサーベルグはこくりと頷いた。
「その通りです。ベオルーフがどうだったのかは私には解りません。しかし私に関してはクロ殿の言った通りです。私はいつか核による攻撃が地上に行われるのでは、と常々考えておりその対策の為に研究を重ねてきたのです」
例えば、マガミネシアである。広大で肥沃な大地、種族を問わず広く設けられた友好関係はいざ被害が出た時の被災者の受け入れに多いに役立ったのはついさっき証明されたばかりである。
防御に特化させ悪意ある者の侵入を阻む首都メグロボリスの絶対防壁は間者の侵入や破壊工作を防ぐ。
極めつけのブラックタワーである。異世界に立てられているこの建造物(外見上はメグロボリスに立っているように見えるが実際はハリボテのような物でブラックタワー本体は異世界にある)は例えメグロボリスに核が直撃しても一切ダメージを受けない。中枢であるブラックタワーが無事ならば出来る事は沢山ある。そしてそれを運営するのは不死身の存在であるサーベルグなのだ。
「……だからサーベルグは殆どマガミネシアから離れる事が無かったんだね?」
「そうです。いつ核攻撃が起きても対応出来るようにする為に、離れる訳には行かなかったのですよ」
戦争中にすら自国の外に出なかった真の理由はここにあった。いついかなる時も核による攻撃に対応する為にサーベルグは自国に閉じこもり続けたのである。彼が外に出たのは唯一、救世の天子であるクロを見極めにエスクエスに赴いた時のみであり、それもごく僅かな滞在時間だった。
(まだ救世の天子が現れる前は核攻撃の可能性は少ないとして世界各地を飛び回ってはいたのだが)その時ですら散々彼は悩み葛藤し細心の注意を払って行動に移したのである。
その結果が身分と正体を偽ってのパーティーへの参加だった訳だ。臆病とも言える程に慎重に動いてきた訳だが、そのお陰で今回のマガミネシアへの攻撃に関しては対応出来たのである。
「しかし、実際にどうやって核攻撃を防いだんだ?」
ジュレスの疑問によくぞ聞いてくれたと言わんばかりの満面の笑みを浮かべ、実は会談の前から用意してあったとあるブツを皆に見せた。
それは、サーベルグが独自に開発した対核兵器用鹵獲装置であった。




