158話
気がつくと、ザンツバルケルから遠く離れた、しかしザンツバルケルをよく見渡せる広い草原へ佇んでいた。そして同時に足元の魔方陣に何かが大量に移転されてきた。
それは人間だった。老若男女分け隔てなく、とてつもない人数が送られてきた。視界が人で埋め尽くされる程の量だった。それは、ザンツバルケルの全国民であった。五万人を超える大所帯が魔方陣に移転されてきたのだ。今更ながらにベオルーフの魔力の凄まじさを思い知らされた。
自分達はそれだけの化物と戦い、勝利したのだ。そしてそのベオルーフは自分達と、このザンツバルケルの民全てを救い力を使い果たしたのだろう。ベオルーフはいつまで待ってもこの魔方陣から現れる事は無かった。やがてその魔方陣も全ての魔力が切れ消えていったのだった。
「あの……」
ザンツバルケルの民の集団の中でも特に身なりが整っており立ち振る舞いも洗練されたものを見せる男がクロに話しかけてくる。クロは驚きを隠せなかった。なぜならその男は魔族ではなく人間だったからだ。
「貴方が……ベオルーフ皇の仰られていた救世の天子様ですね?」
クロの思考は男の声によって遮られる。
「そうですけど、貴方は?」
「私は、ザンツバルケルで王の側近……大臣をやらせて頂いていた者です」
自称大臣の男から齎された話の内容はこうだった。自分達はザンツバルケルの国民である事。ザンツバルケルの国民は全て人間だという事。ベオルーフは人間に化け国王として長い間国を治めてきた事。あの宣戦布告の直後王は正体を明かし国民を地下の大シェルターへと避難させていた事。全てが終わったら救世の天子を尋ね今後の身の振り方を考えるようにと命令を受けていた事を明かした。
大臣は申し訳なさそうな顔をしてクロにこう告げた。
「貴方様からしてみればとんだ迷惑な事だと思います。しかし、私は王からザンツバルケルの民の命を預かっております。何卒、どうかお力を貸して頂きたいのです」
とは言うが、クロは正直困ったなと感じていた。何しろ五万人である。このとてつもない数の人々をクロの一存だけでどうこうできるとは到底思えなかったのである。
どうしようか、と思い悩んでいると懐に入れていた通信装置から連絡が入った。
「クロ殿、大変な事になっているようですね」
「サーベルグ!!」
「ああ、状況は把握しています。取り合えず近くに転送魔方陣がありますのでそれでワープしてきて下さい。マガミネシアに跳べますから」
「転送魔方陣が……?」
まさかベオルーフはここまで考えて計画を練っていたのだろうか。とりもなおさず、クロは大臣に呼びかけザンツバルケルの民と共に移動を開始した。するとすぐに転送魔方陣が見つかり、クロ達は先に魔方陣へと足を踏み入れた。
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転移した先にはサーベルグとザンツバル城で逸れた連合国軍の兵士達が待機していた。
「クロ殿、よくぞご無事で」
連合国軍の隊長の一人がクロに声をかけてきた。
「隊長さん……どうしてマガミネシアに? ザンツバル城で逸れてそのままザンツバルケルに残ってたんじゃ……」
「クロ殿達と逸れてしまいどうしていいか分からなくなった我々はサーベルグ殿に連絡を取ったのです。するとサーベルグ殿はすぐにザンツバルケルを離れ戻ってくるように命を下されたのです。お陰で命拾いしました」
サーベルグの方を思わず見ると彼はこう言ってクロの疑問に答えるのを後回しにした。
「取り合えず今はザンツバルケルの民を施設に誘導するのが先です」
そう言うと連合国軍の兵士達がクロ達の後から転移してきた民達をテキパキと整理誘導し始めた。サーベルグの話によれば連合国の中で余裕のある幾つかの国にある程度の難民を受け入れて貰い、残った全ての人々はマガミネシアで保護するという事である。その余りの手際の良さと用意周到さにクロはベオルーフに通じるものを感じていた。
「こうなる事をある程度予測してたんだね……サーベルグは」
サーベルグは神妙な顔をして頷くが、この場で答え合わせをする余裕は無いらしくこうクロに断りを入れた。
「取り合えず今は説明をしていられる暇がありません。ザンツバルケルとザカリクの民の保護収容が終わってからゆっくりとご説明致しましょう」
「ザカリク? 何でザカリクの民を?」
それまで会話に加わっていなかったジュレスが素っ頓狂な声を上げた。
「……核が落とされたのはザンツバルケルだけではないのです。ザカリク、そしてマガミネシアへも同時に投下されたのですよ」
「「「な、何だって~!!?」」」
クロ達全員の驚愕の絶叫が辺りに響き渡ったのだった。




