157.5話
今から何十年も昔の話だ……北の機械大国ザンツバルケルはまだ人間の王が治める国であった。そして、その国王は魔族差別主義者だった。激しく魔族を憎んでいたのだ。資源には乏しいもののその世界でも稀に見る技術力を用いて様々な兵器を開発し、同じく魔族の存在を疎ましく思う国々から支援を受け度々戦争を起こしていた。
奴と私が出会ったのもザンツバルケルとその侵略を受けていた国の戦争の最中の事だった。
ザンツバルケルの東、マガミネシアの北西にかつて大国が存在していた。魔術大国フラプネル。世界でも最も魔術の研究が盛んであり数々の優れた魔術師が日々新しい魔術の研究を重ねていたのだ。
魔法ではなく魔術なのが不思議か? しかし魔法も魔術も元を辿れば同じものなのだ。魔法とは魔術の一種に過ぎない。ただ、数ある魔術の中でも魔法は最もコストと威力のバランスが取れていた。要するに一番使い勝手のいい魔術だったのだ。その使いやすさ故に魔法が爆発的に広がり普及した為に他の魔術が埋もれる形になってしまった為いつしか別物として扱われるようになったという事だな。
何しろ魔法は他の魔術のように大仰な儀式をしたり生贄を捧げたりする必要がない。世界中の大気の中に含まれている「魔」を消費するだけだ。勿論上位の魔法を扱おうと思えば多少の準備は必要だ。だが、それでも精々魔方陣を用意したり呪文を唱える程度だ。
当時の私はフラプネルの魔術師達の長、叡知の魔王皇としてフラプネル王の補佐に付き「魔法」という力を今までの魔術の歴史を覆す程の全く新しい強力な力として注目し開発に日々励んでいた。私が戦場に赴いたのはその研究の成果を実戦で試してみたかったからだ。
魔術、なかんずく魔法こそが地上で最強の力。そう信じて疑わなかった私は戦場で驚くべきモノに遭遇する。
それが「科学」ーー。魔法とはまた違う、今までの戦闘の常識を覆す新しい力だった。物理法則をねじ曲げ意のままに操る魔術、魔法とは対極に科学は物理法則を徹底的に解析しその仕組みを利用したモノであった。私は目から鱗が落ちる思いであった。
だが、それは向こうも同じだったらしい。「科学」の力に心酔していたザンツバルケルの軍はそれまでの魔術とは違う「魔法」という力に度肝を抜かれたようだった。
「魔法」と「科学」ーー対極の力を極めた二つの大国は互いをライバルとし度々激突し切磋琢磨していったのだ。
そんな中で私と奴、当時ザンツバルケルの技術師長であったマードリックは何度も顔を合わせるうちに互いに顔を覚え話を交わす程度の中になっていた。強敵と書いて「とも」と呼ぶアレだな。
しかし、度重なる戦に国力は疲弊していき二つの国は休戦協定を結ぶ事となった。そして友好の証としてそれぞれの持つ技術を交換しようという話になり、その時に私と奴は親交を深めた。お互いがお互いの持つ技術に驚嘆し尊敬の念を覚え、いつしか我々は友となった。そして親交の証として奴と契約を交わしたのだ。
それからの日々は楽しくも心躍る日々であった。……だが、そんな時間も長くは続かなかった。
突如ザンツバルケルが休戦協定を破りフラプネルに攻め込んできたのだ。全くの予想外の不意打ちだった為に成すすべもなくフラプネルは滅ぼされてしまった。命からがら逃げ延びた私はザンツバルケルがフラプネルへ攻めた理由を知った。フラプネルの用いた魔術的毒により国王が殺されたというのだ。フラプネルへの攻撃は正当な復讐でありフラプネルこそが休戦協定を破ったのだと。
そんな話は寝耳に水だった。最高幹部だった私がそのような重大な計画を知らぬなど有り得ない事だった。だから私は、ザンツバルケルが、マードリックが私を裏切った上に濡れ衣まで被せてきたのだと怒り狂った。
私は誓った。必ず、この屈辱を何倍にもして奴らへ返してやると。復讐の業火で奴らを焼き尽くしてやると。それから私は人間に化けザンツバルケルの内部へと入り込み復讐の機会を長い間狙い続けた。マードリックはその最中に突如姿を消してしまった。それでも私のやることは変わらなかった。
ザンツバルケルの一兵士として功績を重ね信頼を築き、裏で工作を重ねながら着々と現国王(前国王の息子)の地位を脅かしていった。そして、遂に国王を殺しザンツバルケルの国王の座を手に入れる事が出来た。
……だが、ここに来て私の計画は無に帰す事となる。国王は、最後までフラプネルを批難しザンツバルケルの正当性を主張し死んだのだ。魔法で心を読んでも嘘偽りを言っている様子は無かった。
ここに来て私はどうしていいのか分からなくなってしまった。一体真実はどこにあるのか。本当にフラプネルが毒を盛ったのか。そんな折私は思わぬ形でマードリックの行き先を知る事となる。
ザカリクの最高指導者として新たに襲名したのがマードリックだった。ザカリクの出身だったのは知っていたがまさか族長の息子だったとは……そしてそこから女神信仰は大きく歪み始める。魔族と魔族信仰者への迫害が始まったのだ。
私は、マードリックが今もフラプネルへの強い憎しみと恨みを抱いている事を知った。そして同時に、きな臭いものを感じ始めた。何か、目には見えない悪意が蠢いて魔族と人を戦わせようとしているのではないかとそう感じたのだ。
私は極力他国との親交を止め、世界各地を飛び回りながら調べ回った。世界の影に潜みこの世を混沌へ導こうと企む何者かの足跡を。そして私は私のこの考えが間違いではないと確信を深めていく。
同時に何度もマードリックへ連絡を取ろうと試みたが、奴は私の言葉に耳を貸す事は無かった。年老いた奴の思考は復讐と憎しみで凝り固まってしまったのだろう。私は、間に合わなかった。私は奴を救い出す事が出来なかったのだ。それだけが唯一の心残りだ…………
……後はまあ、彼等に説明した通りの流れだ。恐らく天上の支配者の目的は人と魔族の戦争を起こさせ、共倒れさせる事だ。だから私は出来うる限りそれに抗う策を取った。彼等が、奴を止めてくれる事を願おう。
……しかし、地獄へ落ちるつもりがここに来てしまうとは。……まあ、ここもある意味では地獄なのだろうが。そうだろう? 魔神よ……何? 自分は本物の魔神ではなくその魂の欠片であるから分からないだと?
なるほど。欠片……魂の欠片、契約を交わした者の魂の一部か。……しかし、ここにはお前以外にも多くの者の魂を感じるが……?………………。
そういう事か……なるほど、救世の天子とはよく言ったものだな。これが、あの者の本当の力。天上の支配者に対抗する為の手段なのだな。
訳が分からないか? ふふ……今は分からずともいずれ分かる。ずっとあの者を見守り続けてきたのだろう? ならば、待つのも訳はない筈だ。
私も、その時が来るまでここで見守り続けるとしようか。地上の行く末を。この戦いの結末をーー
マードリック。お前と再会するのはもう少し後になりそうだ。




