157話
「「「真の……敵」」」
「そうだ……お前達も気付いているのだろう? 女神信仰が歪められていた事……この世界を陥れようとする悪意に」
「俺達は……あんたがそれなのかと思ってた」
「それも、奴の計略の内だろうさ。女神信仰を歪め世界を混乱に導く……女神信仰が潰されれば今度はその被害者を利用して新たな戦争を起こす。そうしてお前達を排除出来ればそれでよし。出来ないなら全ての罪を押し付けてお前達もろとも消し去る」
「消し去るって……どうやって? そいつがここにやってくるってのか」
ジュレスの疑問にベオルーフは首を横に振り、
「いいや、奴自身は動かない。奴自身が一歩も動かずともこの場の全員を消し去る為の手段が、奴にはある」
「手段……?」
「あ、あああああ……!!!!」
「クロ?」
「どうした!? クロ?」
突如クロが身体をぶるぶると奮わせおののき始めた。全身に脂汗をかき顔色は真っ青だった。それは尋常な様子では無かった。いきなりのクロの異変に片目達は戸惑うばかりだった。
「来る……!!」
「来る? 来るって何がだ!?」
「災厄が、かつてない災厄が「落ちて」来る……! このままじゃ、皆、皆けしとんでしまう!!」
クロの語った内容に皆絶句する。どうしていいのか分からずおろおろしているとおもむろにベオルーフがよろよろと立ち上がり始めた。
「お、おい、あんた立ち上がって大丈夫なのかよ!」
「今はそんな事を言っている場合ではない」
ベオルーフはローブを脱ぎ捨てた。ローブの下から表れたのは全身に張り巡らされた魔術回路だった。所々に機械も着いていて、所謂魔導技術も使われているようだった。ベオルーフが手をかざすと床もそれに反応するように鳴動をし始めた。
ゴゴゴゴゴ……と凄まじい地響きが起こり地面を揺らす。ただ事では無い様子に片目達は慌て蓋めく。
「お、おい! 一体何なんだよこれは!?」
ベオルーフが指をパチンと鳴らすと何も無かった空間に突如モニターが現れる。どうやらザンツバルケルを遠距離から写しているようだ。
「こ、これは!?」
「見ていろ。すぐに脅威の正体が分かる」
そう言うとベオルーフはぶつぶつと呪文を唱え始める。ベオルーフが呪文を唱え終わるのとモニターに異変が起こるのは同時だった。
深遠なる魔の底より 湧き出でよ 魔人の鎧 遥かなる天の頂きより 移し出だせ
女神の翼
聖と魔 異なる二つの魔力の極みが一つに合わさり今 大いなる護りを成す
聖魔極大防壁移転陣
膨大な魔力の防壁がザンツバル城どころかザンツバルケル全土を覆い、同時に片目達の足の下、床全面がまばゆい光に覆われる。
「こ、この魔法は……!?」
呆然とするジュレスにベオルーフはニヤリと笑い、答えた。
「これが私の超絶魔法、対象を守ると同時に移転させる絶対守護魔法だ。防護壁で時間を稼ぎその間に対象を移転させる。まさしく、絶対の守護だな」
一人称が「我」から「私」に変わっているのは、演技の必要が無くなったからなのか。
「い、移転って……! まさか、僕らを!?」
我を失っていたクロが流石に反応し叫ぶ。
「見ろ。落ちてくるぞ、邪悪の象徴が」
その言葉に反応し全員がモニターを見ると、ザンツバルケル上空から何かが落ちて来るのが分かる。距離がありすぎて黒い点にしか見えない。
「あれは……?」
「全てを焼き尽くす悪魔の兵器……核だ」
「「「核?」」」
「核だと!!?」
皆がポカンとする中ユータだけが反応する。彼の故郷地球にも存在する兵器だからである。そして彼の住んでいた国、日本だけが唯一その被害を受けている。直接見た事は無いがその恐ろしさはよく知っていた。
黒い点が落ちていき、ザンツバルケルを覆う防護壁に衝突した瞬間ーー
音にならない、音。全身を貫く衝撃。凄まじい爆発が画面を覆い尽くし、そしてブラックアウトした。
ズゴゴゴゴゴ……と立っていられない程の揺れ。体勢を崩しながらベオルーフの方を見ると彼は両手を上に掲げたまま何かに堪えるように踏ん張っていた。口からゴボッと血が噴き出す。それでも尚堪え必死に防護壁を維持し続ける。その姿にたまらずクロが声をかける。
「何で……! 何でそこまでして僕らを……!?」
「奴を……倒せるのは、いや、奴を止められるのはお前だけだ、救世の天子。お前を、お前達をここで死なせる訳にはいかん……!!」
「ベオ……ルーフ……」
「それにな。このままじゃ奴が報われん。操られ、躍らされていた事にも気づけず、ゴミのように消えて行った奴が……マードリックが」
「「「マードリック!!?」」」
ベオルーフの口から出たのはかつて女神信仰者の頂点に立ち君臨していた男の名だった。
「奴は……マードリックは……友だった。かつての、私のな……だが、天上の支配者の策略に嵌められ、奴と私の道は分かたれた。互いに強い恨みと怒りを抱えてな。それは、人間と魔族を敵対させ戦争を起こさせる為の壮大な計画の一部だったのだ」
「………………!!」
ベオルーフは真っすぐにクロを見つめ、懇願するように言った。
「頼む……! 奴を止めてくれ……! 女神を地上に降臨させたお前ならできる……!」
クロは、しばしの逡巡の後に意を決してそれを聞いた。
「その、『天上の支配者』の正体は? 『真の敵』の名は何て言うの?」
「奴の名は……シュドフケル。覇道のシュドフケル。最古の魔王皇にして、天空大陸の支配者。……かつて創世神によって導かれ、世界を統一した、勇者……!!」
ベオルーフがそこまで言いきった後、唐突に視界が閉ざされ、意識が朦朧としていく。超絶魔法による転移が始まったのだ。間もなくしてクロ達の身体はザンツバルケルの領土の外へと送り込まれていった。
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静寂が戻った空間に一人ベオルーフは佇む。ビキビキ……と何かに罅が入り、バキンッと砕け散る音。外から射し込む眩いばかりの輝き。
そんな状況であったがベオルーフは笑っていた。非常に穏やかな心安らいだ顔であった。まるで、成すべき事は成したとでも言わんばかりの、一片の悔いも無いとでも言いたげな表情であった。
「今私も地獄へ行こう……何十年ぶりかの再開だ。存分に語り合おうぞ……」
それが魔王皇ベオルーフの最後の言葉だった。
そして、膨大な熱と爆発に飲まれザンツバルケルはこの世から姿を消したーー




