155話
「ほう……面白い」
ジュレスの口にした逆転の言葉を面白がるようにベオリーフは笑い挑発する。
「やれるものならやってみるがいい」
「言われなくてもやってやるさ」
強気にニヤリと笑うジュレス(片目)にベオルーフは直進し距離を詰め、あっと言う間に目の前まで肉薄する。その首を撥ねようと奮った腕は、間に割り込んだユータによって止められた。
「………………!」
やや驚いた顔をしてベオルーフが目を見開いた。受け止められるとは思っていなかったのだ。
「おらあああっ!!」
裂帛の気合いと共にユータがベオルーフの腕を力任せに振り回し体ごとぶん投げる。ふわっと羽毛が宙を浮くように軽い足取りで着地する。しかし、受けた心の衝撃は大きかった。
今のベオルーフの「攻撃形態」の一撃を受け止め、あまつさえ投げ飛ばすとは。明らかに先程とは戦闘力が違う。
その時ベオルーフはさっきまで戦いに参加していたコーデリックの姿が見えない事に気がついた。どこを見渡してもその姿を見つける事は出来なかった。変わりに、ユータの全身から先程までとは比べものにならない程の魔力が吹き出しているのを見た。
「なるほど、擬似的な合体か……」
ベオルーフは一目見るなりこのカラクリを看破した。ユータの内部にコーデリックが入り込んでいるのだ。先程ジュレスと片目がやったのと同じ事を今度はユータとコーデリックがやっているのだ。
淫魔族であるコーデリックの身体はその殆どが魔力で構成されている。従ってやろうと思えば身体の形を変えて体内に入り込むのも余裕で出来る。そうやってユータの体内に入り、身体のコントロールや身の守りはユータに任せる。そうする事によってコーデリックは攻撃の為に魔力を集中できる。ユータは守りに魔力を集中できる。そうする事によって飛躍的にユータの力は向上する。
圧倒的な個の実力の差がある相手に数で挑んでも勝機は薄い。ならば、とジュレスは個の力を上げる策を取ったのだ。
ジュレスが対ベオルーフの為に練り上げた二つの策のうち一つは概ね成功していると言えた。ベオルーフは先程までのように力でこちらを圧倒する事が出来ない。片目だけなら何て事はないのだが強化されたユータが巧みに割り込み邪魔をしてくるので片目にばかり意識を裂く訳にもいかないのだ。
「攻撃形態」が今この場においてあまり有効でない事を認めたベオルーフは戦い方を変える事にした。ベオルーフは右手を振りかざした。
来たか、とジュレスは第二の策を実行に移した。ベオルーフが手をかざした瞬間床が光り輝く。その瞬間を逃さず、片目とユータは魔力を込めた攻撃を床に叩き込んだ。
ガキン、という音と共に強い反発が起こり二人の攻撃を弾いた。ベオルーフは薄く笑うと己の優勢を誇示する為に言葉を紡いだ。
「『形態変化』の仕組みに気付くとは流石だな。だが無駄だ。その床にはあらゆる攻撃に耐えられるように何重にもコーティングが施されている」
ベオルーフが突如戦闘スタイルを変え身体能力が強化されたのには床に秘密があった。床に幾重にも複雑に施された魔術の回路がベオルーフの肉体と魔力を変質させていたのだ。最初の時は防御、次は攻撃に特化した形態に。
ジュレス達はそれを見破り、形態変化を防ぐ為に床に攻撃を仕掛けたのだろう。だがこちらも策が見破られた時の為に床を簡単には破壊されないように強化してある。彼等の策は失敗に終わったのだ。
「さて、防御、攻撃と来て次は何だと思う?」
ベオルーフが問う。次の瞬間ベオルーフの姿が消えた。
「ぐわあっ!!」
「うぐぅっ」
直後片目とユータが吹っ飛び床に転がった。すぐさま立ち上がり体勢を立て直そうとするが再び見えない攻撃が加えられ弾き飛ばされる。ベオルーフの動きは圧倒的だった。凄まじい速さで目にも止まらぬ速度の攻撃を仕掛けてくるベオルーフに対して片目達は対抗する術を持たなかった。
「答えは速度だ」
ガガガガガ、と嵐のような猛攻が片目達の体力を削り取っていく。一撃の威力は大した事はないが圧倒的な速さによる連打により瞬く間に彼等の肉体は血に染まっていく。絶体絶命と言っても過言ではない程に彼等は傷付き追い詰められた。
だが……
(気に入らんな)
彼等の目はまだ、死んではいなかった。自分達の逆転を信じて疑わない目をしていた。それがベオルーフには気に入らなかった。
「ならば、その僅かな希望すら絶ちきってやろう」
片目達にとどめを差すべくベオルーフは部屋中を縦横無尽に駆け回り速度を上げていく。限界まで、速度と力を溜めた一撃をお見舞いしてやれば耐えられまい。そういう思惑を抱いていたベオルーフは気が付かなかった。
僅かではあるが床に皴が入り魔力が漏れ出していた事に。
「これでトドメだっ!!」
そうしてベオルーフが片目達にとどめの一撃を加えようとした時、異変が起こる。突如ベオルーフの速度が落ちていったのだ。
「な……にぃっ!?」
気付いた時にはもう遅かった。速度が落ち片目達にも十分対処できるレベルにまで動きが鈍る一方で、今までの助走の勢いと慣性から抜け出す事も出来ずまともに突っ込んでいく他は無かった。
片目は突っ込んでくるベオルーフにカウンターを被せる形で前足を突き出した。そしてそこに後ろからユータが残った全てをつぎ込む勢いで魔力を注ぎ込んだ。
「ガッ…………ハァッ」
びちゃびちゃ、という音と共に青い血が床に撒き散らされた。
片目の一撃はベオルーフの身体に深く食い込み、貫いていた。
「私の……負け……か」
そう言うとベオルーフは己の身体から片目の前足を抜き取り、地面に倒れ込んだのだった。




