14話
誰もいない荒野を荷馬車が駆け抜けていた。ゴトゴトと音を鳴らして進むそれは古びていてあちこちに錆が出来ていた。見る者が見ればたちまちに顔をしかめただろう。車輪には歪みが入っており、その荷馬車が長い間まともに手入れされていない事を示していた。
そしてその荷馬車の持ち主もそんな事を気にするような人間ではなさそうだった。
うす汚れた体。髪のない頭にはボロの兜。獣の革で作られたであろう鎧を纏い腰には曲刀を挿している。下卑た笑みを浮かべると欠けた黄色い歯から臭い息が漏れ出る。
いわゆる山賊というやつだった。山賊は他にも3人おり、先導役の男が3~4メートル前を馬で走りリーダー格(禿げ頭)の男は御座に腰掛け前方を睨みつけている。
幌の上には小柄な体格の男がキョロキョロと落ち着きなく辺りを見回しており幌の下、つまり荷物を乗せている荷台の上には頑強な体つきをした大男が「商品」に目を光らせていた。
「おかしらあ~」
「ダメだ」
大男の声を禿頭は即座に却下した。
「まだ何も言ってねえっすよおー」
「何も言わなくてもお分かる。「商品」には手を出すなあ!」
「でもお、もったいねえっすよお。こんな上玉、もう2度と会えるかどうか」
「2度と会えるかどうか分からねえ上玉だからあ手前えの汚ねええ手で触れて商品価値を下げんなあっつってんだよおお!!」
禿頭は額に青筋を浮かべながら怒鳴りちらした。
「お頭だって俺等と大差ないじゃないですかあ~」
「だからああ俺も触りてえのを我慢してえんだろうがあ! いいから黙って見張ってろ! 指1本でも触れたらあチョン切ってやっからなあ!!」
脅しも含んだ怒鳴り声でようやく静かになった。
ハア、と禿頭は溜息をついた。さっきからずっとこの調子だ。やかましくて仕方が無い。無視してしまいたいが放っておくと大男は本当に「商品」に手を出しそうだ。
今日は本当に幸運だった。今まで長い事山賊業をやってきたがあれ程の上物には出会った事がない。素顔を目にした瞬間その瞳に吸い込まれるかのようだった。その時手を出さなかった自分を褒めてやりたいくらいだ。大抵の獲物は捕まえる時に激しく抵抗する。大声をあげたり泣き叫んだり噛み付いてきたり。それらを静かにさせるために大抵は暴力を使う。効果はてきめんで大概は大人しくなる。だが当然体に傷が付くので商品価値が下がってしまう。
その点あの少年は攫った時もロクに抵抗しなかったし声も上げなかった。今も荷馬車の鉄の牢の中で静かにじっとしている。その容姿はまるで天使かと思える程に美しい。禿頭は男のガキに手を出す趣味はなかったが思わずその場で襲ってしまいそうになるほどだった。
そう、彼等の荷馬車に積んである荷物は子供だった。荷台の上にあったのは大きな檻であり年端もいかない少年少女達が縛り付けられて閉じ込められていた。
そのほとんどが恐怖に怯え涙と鼻水でグチャグチャになっていたが例外もいた。彼等はまるで至上の芸術作品でも見るかのようなうっとりとした顔をしてほう、と息をついている。あまりにも美しいモノを目にした為に恐怖する事を忘れただただ見入る事に没頭していた。
檻の隅に体を寄せるように座っているその少年こそ、皆が見とれている対象である。着ている服はみすぼらしくボロボロで半袖半ズボンなのに何故かマフラーを巻き首元を覆っている。上着は半袖ではあるがフードがついていて、どうも普段はトラブルを避けるために顔を隠していたらしい。それほどの美貌なのだ。
少年は泣くことも怯える事もせずただじっと座っていた。腰まで伸びる銀髪をなびかせ、赤い両目を光らせながら。
彼はただ、待っていたのだ。いずれ自分を助けにくるであろう連れーー片目の事を。