142話
その日は突然の騒動から始まった。慌ただしく人が入り乱れ情報が飛び交い混乱の様相を呈していた。
「何だあ~? 朝っぱらからうるせえなあ」
ジュレスが異変に気付いてベッドから起きた。同じベッドで寝ていたユータとコーデリックも目を覚ました。
件の一件以来三人でも余裕をもって寝れるようにサーベルグに頼んで用意して貰った特注のベッドで寝泊まりするようになったのだ。そのベッドは通常の倍は横幅があり三人で寝ても狭さを感じさせる事はない。
同じベッドで寝ているとは言っても夜の営みをそこでしている訳ではない。ジュレスはまだ14歳の少年でありそういう事に手を出すには早過ぎる。あくまでも一緒のベッドで寝ているだけである。
最もジュレスは人知れず密かに不満を持っていたりするが。それを口にした所で流されやすく優柔不断とはいえ根が糞真面目なユータが手を出す筈がないのは明白だった。
早く大人になりたいと思わずにはいられないジュレスであった。
それはさておき、ノックの音と共にユータ達の部屋にサーベルグが尋ねてきた。その脇には片目もいた。
「皆さんちょっと宜しいですか」
目を見合わせるユータ達であったが取り合えずベッドから出てブリーフィングルームに移動する事になった。
「それで? 何があったんだよ?」
ええ、と頷いてついさっき報告された事をサーベルグはそのまま口にする。
「ついさっき、魔族解放を謡う集団によって街が一つ占拠されました」
「何だと!?」
「魔族解放……? どういう意味だ?」
片目とユータがそれぞれ声を上げる。
「占拠されたのはザカリク領のとある街。占拠したのは魔族の一団です。彼等は人間を忌み嫌い人間の支配から魔族を解放させるという名目で度々破壊活動を行ってきました」
「所謂テロって奴か」
「テロ?」
聞き慣れない言葉にジュレスが疑問符を浮かべる。ユータがそれに説明する。
「テロリズムって言って自分達の要求を通すために破壊活動を行う政治犯のグループ、またはその破壊活動そのものを指す言葉だ」
「彼等はザカリクにいる魔族奴隷を解放するという名目で今回の一件を起こしました」
「魔族奴隷?」
今度はユータが疑問符を浮かべた。
「件の戦争の時に、鎖で体の自由を奪われた魔族を見たでしょう? あれは人間に捕まり奴隷にされてしまった魔族達なのです」
「………………」
「前からザカリクの強引な、魔族を見下した横暴な振る舞いに異議を唱える者は多くいました。今まではザカリクのその強大な力に逆らえず皆大人しくしていました。しかし今は……」
「ザカリクの国力が低下し、女神信仰者達の舞台骨が揺らいだ今になり表に出てくるようになった訳か……」
片目が複雑そうな顔をする。片目自身、思う所があるのだ。
「……正直な所、彼等の気持ちも分からなくはありません」
サーベルグの言葉に場に衝撃が走る。
全員の視線を受けてサーベルグがその胸の内を吐露した。
「例のクロ殿の処刑の全世界放映の時に、魔獣吸身の犠牲になり人間の『糧』として吸収されていった彼等の顔を私は忘れる事が出来ません……。彼等の無念さ、いかほどのものだったのでしょう。そう考えると堪らないものがあります」
「私もだ。私も……最初の三匹の魔獣の糧となって死んだ魔族と目があった。あれは、魔族の誇りも尊厳も全て奪い取られ、生きる屍となった者の目だった。あれが……あの全てに絶望した表情が頭にこびりついて離れない…」
片目の言葉に頷きサーベルグが続ける。
「人間と友好関係を築いている我々でさえこうなのです。人間を忌み嫌っている一派からすればどれほどの屈辱か……計り知れないでしょう」
「それで、ザカリクのその被害にあった街の住人は無事なのか?」
「ええ、今の所はですが。しかし彼等の要求を呑まなければその限りではないと」
「要求って何を要求してるんだよ?」
「人間からの支配からの脱却、そして逆に魔族を人間より優れた種とする魔族優先社会の構築です」
「無茶苦茶だ……んなもんどうしろって言うんだよ。抽象的で全然具体的じゃねえじゃねえか!」
ジュレスが憤って言う。
「単なる口実です。戦争を起こす為の」
サーベルグの言葉にその場の全員がギクリ、と背筋を凍らせる。
「彼等はただ、長年抱えてきた人間への憤りをぶつけたいだけなのですよ」
「んなことしてどうなるってんだよ。何にもならねえじゃねえか」
「確かにそうです。しかし、理屈通りに動けるなら誰も苦労はしない。故郷を取り戻す前の段階で貴方は貴方の故郷を奪ったアルクエドを許せていましたか?」
「それは……」
そう言われてしまうも黙らざるを得ない。確かにジュレス自身長年女神信仰者やアルクエドへの憎しみを抱えて生きて来たのだから。
サーベルグは一つため息をつくと、声色を明るく変えて再び話し始めた。
「不安を煽るような事を色々と並び立ててしまいましたが安心して下さい。今回の件に関しては敵の規模も大した事はないしすぐに鎮圧できるでしょう」
「『今回は』か……つまり今後もこういう事が起こりうるという事だな?」
片目の言葉にサーベルグはええ、と頷いた。
先行きが不安になるニュースではあったが、それとは別に朗報ももたらされた。
クロが遂に目を覚ましたのだ。




