139話
「服を脱いでこっちに来て下さい」
「はあ?」
ブラックタワーの内部、やや広めのブリーフィングルームでユータはサーベルグに思わぬ言葉をかけられた。他のメンバーと同じくユータも今以上に強くなる為にサーベルグに相談しにきたのだがサーベルグから返ってきた返事は思わぬものだった。
「まさか……お前までそっちの道に」
「私に同性愛の気はありませんよ。コーちゃんと寝た時も女性体のみとですし」
余計な事を話してしまった事に気付きこほんと咳払いをしてサーベルグは本題に入った。
「あなたに合った防具を作らさせようと思いまして。身体のサイズを測らせて頂きたいのです」
「ああ、なるほど」
安心した顔をして服を脱いだユータにサーベルグがメジャーを当ててサイズを測る。丁度2人の身体が密着したその時にブリーフィングルームのドアが開き片目が中に入ってきた。
「おいサーベルグ、腹痛に効く薬を……」
ぴた、と片目の動きが止まる。ユータとサーベルグの動きも同時に止まる。
ああ、ついにサーベルグにまで、と言わんばかりに悲しげな目をして立ち去ろうとした片目に慌ててユータが声をかける。
「待て! 誤解だ!」
「……心配するな。今更お前が誰と寝ようが軽蔑などせん」
「だから! それが誤解なんだ!」
片目は優しい笑顔を浮かべながら言った。
「別にいいじゃないか。ホモでも」
「オレはホモじゃ……」
ない、と言いかけてどう考えても今更それは通用しないと考えて言い直す。
「だけれども…! サーベルグとは何でもない! サイズを測っていただけだ!」
「ナニのサイズをか? 心配するな。お前のは至って平均的なサイズだ。皮が被っていようと気にする事は「身体の! サイズだあーーーーーー!!」
ユータの絶叫が部屋に響いたのだった。
「全く、ひどい目にあったぜ……」
ぶつぶつ言いながら部屋を出るとばったりとコーデリックと出くわした。
「「あ……」」
ユータは先程のやり取りがコーデリックによって周囲に広められる事を恐れてあわあわと慌てだし言い訳をし始める。
「ち、違うぞ! あれは誤解で……! サーベルグとは何でもない!」
冷静に考えてみると何を口走っているのかお前はというレベルの話であったが、話の内容に突っ込みが返って来る事はなく、コーデリックは見る見るうちに顔を赤くしていくと何も言わずに一目散に元来た方向へと逃げ帰っていった。
「え、おい」
取り残されたユータは釈然としない気持ちを抱えながらもその場を後にした。
それからというものユータはコーデリックと顔を合わせる事が無くなっていった。どうもユータを避けているようで声をかけても逃げていってしまうのだ。3日4日と経っていくうちにユータは自分の中にイライラが積もっていくのを自覚していた。
ジュレスは魔術の勉強で忙しく、片目は腹痛でダウン。クロは相変わらず寝続けているし、サーベルグにコーデリックの事を相談してもはぐらかされるばかり。まるで自分だけが世界に取り残されてしまったようだった。
最初のうちに怒りで満たされていたのだが一向に変わらない状況が続くうちに怒りは消え代わりにどうしようもない寂しさが心を満たしていた。もしかしたら本当に皆に嫌われてしまったのでは、と。馬鹿馬鹿しい、と思いながらもその考えを消し去る事が出来ない。
「片目の奴も、こんな気分だったのかな……」
ボソリ、と呟く。呟きながらも心の中では違うな、と否定していた。片目の時はもっとハッキリ全員に拒絶されていた。その苦しみはこんなものではなかっただろう。事情が事情とはいえあの時もっと優しくしてやれば……と思わずにはいられなかった。
考えてみれば、異世界に飛ばされ女神信仰者達を裏切ってきたユータが心許せるのはクロ達だけなのだ。そして今自分はそのかけがえのない仲間達との絆を失ってしまったのかもしれない。
そう考えるとたまらないものがあった。
その時、ふと前を見るとこちらに向かって歩いてくるコーデリックの姿があった。コーデリックと目が合うと、再び逃げようと踵を返そうとするのが目に入った。
「待ってくれ」
いつもだったら声をかけてもそのまま去っていってしまっただろう。だが、その声の生気の無さ、声色に含まれた絶望の響きに思わずコーデリックの足が止まる。
「………………」
「オレ、お前になんかしたか? 嫌われるような事をしたか?……だったら、謝るから。許してくれ。オレを置いて行かないでくれ……」
その声には切実な響きがあった。これ以上逃げられたらユータは頭がどうにかなってしまいそうだった。
「……………い」
「え?」
聞き返すとユータはいつの間にかコーデリックに身体を抱きしめられていた。コーデリックの体臭、甘い香りが鼻をくすぐる。
「嫌いじゃない。嫌いになんか、なる訳ない」
じゃあなんで……と呟いた言葉に返ってきた返事は
「好きだよ。本気で、キミの事を好きになってしまったんだ」
だった。
身体を優しく包む感触と温かさ。そしてこちらを見据える潤んだ瞳。
(ああ、オレは……)
この時初めてユータは気付いた。
自分が思っていた以上にずっと、コーデリックに支えられていたという事に。




