138話
「頼まれたもの調達してきましたよ」
「ああ、済まないな」
ブラックタワーの1室、サーベルグが両手に抱え込んできたのは果物や野菜、植物であった。但し、そのどれもが鋭く固く、人間が口にすれば大怪我を負ってしまうであろうことは想像に難くない。
片目はそのうちの一つを手に取ると口に含んだ。ガキン、とかギャリリ、とかおよそ食物を口にしているとは思えないような咀嚼音が響きわたる。片目が今口にしているのはかつて片目が住処としていた刃の森で取れたものであった。
銀狼族はその肉体にミスリル銀が含まれており、それが対物理においても対魔法においても非常に高い防御力を誇っている。では何故身体にミスリル銀を取り込む事ができたのか。それは刃の森の地下水脈にミスリル銀が溶け込んで流れ出しているからだ。その水を取り込んだ動植物には少量ながらミスリル銀が宿る。それを接収する事によって銀狼族は体内にミスリル銀を取り込むのだ。
片目が故郷である刃の森を飛び出しクロと共に生きるようになって12年。ミスリル銀は一部の限られた地域でしか取れない希少で高級な鉱物だ。なので、刃の森から出た片目がミスリル銀を接収できる機会など殆ど無かった。そのせいで片目の肉体は全盛期の頃に比べれば強度が落ちているのだ。
鉱石や鉄などを口に含んで多少は補っていたが、やはりミスリル銀を取らなければ完全な状態を取り戻すには足らない。
強くなる為に片目が考えた事は、食事を見直して身体を1から作り直す事だった。そのためにサーベルグに頼んでミスリル銀を含んだ様々な物質を取り寄せて調達してもらったのだ。一通り片目が食べ尽くして一息つくとサーベルグは一塊の鉱石を取り出し片目の前に置いた。
「これは……?」
「オリハルコンです」
「オリハルコン……?」
その鉱石は黄金色に輝き眩い光を放っており、強い魔力を感じさせる。
「ええ、天空大陸に存在すると言われる伝説の金属です。あらゆる魔を弾き闇を切り裂くと言われています」
「これをどうしろというんだ」
「知っての通り銀狼族の強靭な身体は体内に取り込まれたミスリル銀の力によって齎されています。ではもしミスリル銀よりも更に強力な金属を身体に取り込む事が出来たとしたら……?」
サーベルグは片目にオリハルコンを取り込ませる事によって更なるパワーアップが出来ないかと考えたのだ。
「おいおい……オリハルコンは魔を払うんだろ? つまり聖属性の魔力。魔族にしてみたら毒みたいなもんじゃないか」
「確かに大抵の魔族にはそうでしょう。しかし世の中には『聖属性の魔力』に適応した種も存在するのです」
「……聖獣か」
「そうです。コーちゃんが召喚している四聖獣。あれは聖属性の魔力に適応した種なのです。他にもカーバンクルやユニコーンなど、神獣や幻獣と呼ばれている種族もそうです」
通常魔族は闇の属性の魔力にのみ適応し、聖属性の魔力を苦手としている。コーデリックを代表とする淫魔族などは魔力で半ば身体が構成されているので尚更その特徴が顕著だ。
「銀狼族は神獣でも聖獣でもないんだ。取り込むなど不可能だろう」
「そうとは限りませんよ。銀狼族はミスリル銀に適応している今の姿が定着しているだけで、実は取り込んだ金属によってその姿を変える性質があるのかもしれない」
片目は眉を寄せた。確かに考えてみれば金属を身体に取り込んでいる事事態普通の魔族には見られない珍しい特徴だ。例えば石を身体に取り込んだ種族ゴーレムにもその取り込んだ石の種類によって色々な特徴があり種別が分かれていたりする。それと同じ事が銀狼族に当てはまる可能性も無くはない。
片目はしばしオリハルコンとにらめっこしていた。
数日後、オリハルコンをあろうことか丸呑みし消化する事も吐き出す事もできずお腹の調子を崩しトイレに篭もりっきりの片目の姿があった。




