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忌み子の世界救世記  作者: 紅月ぐりん
流転編
151/229

137話

 戦争終結から二週間。未だにクロは眠り続けている。サーベルグの話によれば恐らく1ヶ月程は目が覚めないだろうという事だった。それ程までにクロの身体と精神には負担がかかっていたという事だ。


 片目達はひたすら修行に励んでいた。サーベルグが不死身であり疲れしらずという事もあり殆ど不眠不休で鍛え続けていた。勿論冷静に考えれば休憩も挟まずに特訓し続けた所でかえって逆効果なのだが、分かっていても身体を動かさなければどうにかなりそうだった。


 自分達が弱いからクロはあそこまで負担を強いられたのだ。誰も口には出さなかったが皆同じように考えていた。確かに奇跡は起きた。だが、奇跡とは本来起こるべくもない事である。

本当なら全滅していた。助かったのは運が良かっただけだ。そして、そのしわ寄せを全てクロ1人に押し付けている。


 魔獣は強かった。あまりにも強すぎた。誰1人として勝てなかった。それどころか全員で力を合わせても魔獣の一匹すら倒せなかった。それでもクロならば、たとえ力で叶わない相手でも何とかしてしまうのかもしれない。暴力とは違う力で。女神を降臨させたように、奇跡を起こすのかもしれない。


 でもそれはクロだからできる事だ。女神の救い手とは一個人を指すものではないという事であったが、クロ以外に女神の救い手になれる者などいなかっただろう。世界中の人々の心を一つにするなどクロにしかできない事だ。やはりクロは特別なのだ。

クロと同じように説得と歩み寄りで事態を打破する事など他のメンバーにはできる自信がなかった。



 ならば、強くなるしかない。暴力は新たな暴力を引き寄せるのかもしれない。力だけでは、悪意に勝てないのかもしれない。だが、それでも自身と仲間を守るだけの最低限の力がなければただ圧倒的な力に呑み込まれてしまうだけだ。

だから、強くならなければならない。せめてクロの足を引っ張らない程度には。そういう思いで皆は特訓を続けていた。



 ジュレスは常世の間から出ると大きく息を吐き、ズルズルと身体を壁にもたれさせ崩れ落ちた。

 ジュレスは早くも限界を感じていた。体力的な事ではなく、自身がどうあがこうとこれ以上肉体的に強くなる事は厳しいという事だ。このまま身体を鍛えた所で進歩はないだろう。頭の回転の早いジュレスにはそれが分かってしまうのだ。


 しばしジュレスは呼吸を整えながら熟考し続けた。



「魔術、ですかーー」

 ジュレスに頼まれてサーベルグがブラックタワーの書庫から持ち出したのは魔術に関する書物である。ジュレスはそれらに目を通しながら頷いた。

「ああ。あのクロが、抵抗もできずじっとしていたのは魔術で拘束されていたからなんだろ?」

「ええ。魔術は魔法とは違う体系の力です。魔力が強くても魔術に強いとは限らない」

「しかもそれを使ったのはマードリック。只の人間なんだろ?」

「………………」

 サーベルグはしばし無言になる。ジュレスの言いたい事が飲み込めたようだ。


「魔術を、覚えると?」

「ああ。今以上に強くなる為にはそれが必要だ」

 サーベルグは目を細める。

 成程。確かに魔術はクロ程の実力者でさえ通用する力がある。しかもマードリックが使っていたという事は普通の人間にも扱えるという事だ。それならば忌み子であるジュレスに使えない道理はないだろう。

 しかし……



「安易な気持ちで魔術に手を出せば闇に飲み込まれますよ」

 サーベルグは気持ち厳しめな目をして忠告した。魔術の本を読み漁っていたジュレスの手が止まる。

「魔術には確かに恐るべき力があります。しかしその力を振るう者は多くない。何故だと思いますか?」

「無償で扱える力じゃないって事だろ」

 ジュレスの返事にサーベルグはやや驚いた顔をする。

「目撃者の話じゃマードリックの野郎は味方の兵士を殺しまくったんだろ。つまりそれが魔術を発動させるための『生贄』だった訳だ。強力な反面、相応の代償も必要になるって事なんだろ?」

「そこまで分かっているなら何故……魔術の力は禁忌の力です。相手だけではなく使用者も蝕む。だからこそ地上では魔術は浸透せず魔法が隆盛しているのです」


「分かってるさ」


 ジュレスは静かに、だが決意を込めた顔で言う。

「魔術がどれだけ危険でヤバイか……魔獣合身、魔獣吸身、あれも恐らくは魔術に近い技術が使われてるんだろう。それに手を染めるって事は、つまりは奴等と同じ穴の狢になるって事だ」

「………………」

 言おうと思っていた事を先に言われてしまってサーベルグは黙るしかなくなる。

「心配すんな」

 ジュレスはにかっと笑う。

「自分の身の丈に合わない事をするつもりはねえ。俺が魔術でやろうと思ってる事はそこまで難しい事じゃねえ」

 そう言ってジュレスは自身が使おうと思っている魔術の内容を説明する。サーベルグはそれを聞いてようやく安心した表情をする。

「成程……それならば確かに小さな負担で大きな成果を上げられるでしょう。流石です。……いや、貴方を見くびっていました」

 そう言うサーベルグにジュレスは厳しい顔をして言った。




「今まで通りでやっていける気がしねえからな……」



 それはこれから起こる大きな戦いを予感させる言い方だった。

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