12.5話
その青年と出会ったのはまだ自分が若かった頃だ。最初は女々しくなよっちい奴だと思っていた。だが彼が心に抱えている闇の大きさを知った時、彼のしなやかな柔らかい心折れない強さを知った。
彼は魔族だった。そして弱い種族だった。人間にも簡単に駆逐されてしまう程に。彼には、彼の一族には居場所がなかった。魔族に共通する価値観、それは「力こそ全て」である。力で序列が決まり、より強い者に付き従う。人間にすら劣る彼等の一族はゴミ同然だった。
魔族に虐げられ、人間に駆逐され、出会った時には彼は既に1人だった。
彼は笑っていた。いつも笑顔を絶やさなかった。彼は孤独だった。いつも1人だった。それでも自らの境遇を嘆く事はなく、いつも誰かの心配をしていた。自分はそんな魔族を心から馬鹿にして、早く死ねばいいのにといつも思っていた。
ある時、大怪我をした。崖から落ちてしまったのだ。目を覚ました時には片目が潰れていた。絶望した。もう死んでもいいやと思った。諦めていた。どうせ助けなんてこないと。
だがそうはならなかった。あの忌み嫌っていた魔族が息を切らせ全身を傷だらけにしながら自分を探し当てたのだ。
彼の一族は戦闘能力はないが代わりに不思議な力を持っていた。回復魔法、それも彼の力のひとつだった。だが回復魔法は自分の寿命を縮める危険な魔法でもあった。
だが彼は自分の受けた傷を見るなりためらうそぶりも見せず回復魔法を発動した。
たまらず言った。
「おい、やめろ! 誰が助けろって言った! お前なんかに助けられたくない!」
すると彼は言った。
「君が弱いのが悪い」
「何?」
「僕は僕の意志で勝手に君を助ける。それを防げないのは君が弱いからだ。弱い奴は何をされても文句を言えない。それが、純然たる世界のルールだよ」
「こんな事をして、お前に何の得があるって言うんだ」
「これは復讐だ。僕を虐げ続けた世界への。世界がどんなに僕を嫌っても、僕は折れない。正しい心のまま生きる。死ぬその瞬間まで絶対に折れてなんかやらない」
その瞳には強い意志の力が宿っていた。思えばその時から彼に惹かれ始めていたのかも知れない。
「俺の、右目になってくれないか」
精一杯の勇気を込めて言った不器用にも程がある告白。
「? 契約してくれって事? 悪いけど僕の力じゃ例え契約をしても右目は治らないと思うよ?」
困ったように笑う彼に思わず、
「俺と、付き合ってくれって言ってるんだ! 言わせんな恥ずかしい」
顔を真っ赤にして言うと彼は声をあげて笑った。
「ハハッなにそれ。そんなんじゃ分かる訳ないよ」
「北の山に行こうぜ」
それは何回か重ねたデートの誘いだった。
「でも、あそこは竜がいて危険だよ」
「竜ったって小型のだろ。大丈夫だよ、コイツがあれば」
腰に挿した拳銃を見て笑った。彼と契約を交わし使えるようになった武器だ。彼と契約を交わすと異常に勘が鋭くなり獲物の位置を感覚で捉えられるようになった。自分は強くなった。彼を守れるくらいに。そう思っていた。その驕りが、取り返しのつかない失敗を起こした。
「グオオオオオン!!」
目の前には赤竜。体が震えて動けない。赤竜が火炎を吹き出した。
ダメだ、死ぬ。
待っていても死は訪れなかった。訪れたのは、唐突な別れ。
「今までありがとう。君を守れて良かった…………」
そう言って彼は目を閉じた。2度と目を覚まさなかった。
それからどこをどうして生き残ったのか覚えていない。気が付いたら1人ぼっちだった。
死にたかった。でも死ねなかった。自分が死ぬ事は、あの時命を懸けて自分を守った彼の行いを無意味なモノにする事になる。
それだけは、どうしても出来なかった。
生きなければならない。しかし自分には何もなかった。復讐しかなかった。他に生きる目的を見出す事が出来なかった。
延々と赤竜と戦い返り討ちにされ命からがら逃げ延びる日々。その時になって自分は彼がずっと背負い続けてきた苦しみの重みを思い知っていた。どれだけ苦しかっただろう。どれだけ逃げ出したかっただろう。それでも彼は最後の最後まで折れなかった。
ならば、自分も折れる訳にはいかない。
長く続いた戦いももうそろそろ終わる。
「力を貸してくれ……ヒューズ」
契約を交わした時に名前を交換した。珍しい事ではないらしい。その時から俺の名前はヒューズ=フォンデルフとなった。
彼を亡くした時、俺は誓った。お前に救ってもらったこの魂を弾丸に込めて、必ず赤竜にぶち込んでやる。
その時から俺の名前はヒューズ=バレットになった。