135.5話
……ようやく決着がついたようだね。
クロ君にとってこれほど辛く苦しい戦いは無かった。何度も追い詰められその度に心を奮い立たせて逆転してきた。でもそんなクロ君にも出来る事には限界があった。クロ君だけの力では到底この戦いには勝てなかった。
世界中の人々の心が一つになった。クロ君を救いたいという想いが奇跡を起こした。女神を召喚させたんだ。女神の救い手というのは特別な力を持った誰か個人を指すのではない。多くの人々の想いが、祈りが一つになった時女神をその身に宿し奇跡を起こす「想いの中心者」の事を言うんだ。
今回はそれがたまたまクロ君だったというだけの事。きっと同じ奇跡はもう二度とは起きないだろう。
勿論世界中の人々の思いを一つに纏めたのはクロ君の力だ。彼の最後の最後まで希望を捨てず正しい道を歩もうとする強い心が皆の心を変えたんだ。本来敵対している筈の女神信仰者達の心までも。
女神の救い手の正体メカニズムなど当然彼等には分からない。救世の天子=女神の救い手という図式が出来上がった以上女神信仰者達は己の信仰を見つめ直し正さねばならないだろうね。目の前で女神という動かぬ証拠を見せられてしまったんだから。
これで女神信仰者達はようやく正しい本来のあり方に戻れるだろう。魔族信仰者達との確執はそう簡単には消えないだろうけど……
それは仕方ない。それが彼らの犯してきた罪なのだから。
そしてそれは僕も同じだ。魔獣吸身……やってくれたよ。僕の心はズタズタにされた。喉元に刃をあてがわれた気分だったよ。『彼』の僕への憎しみ恨みはあそこまで深かったんだ。僕はどうすればいいのか……どうすれば闇に囚われた『彼』の精神を救える?
『彼』を闇に落としたのは他ならぬこの僕だ。僕が犯した罪によって全く関係ない地上の人々魔族達が苦しめられている。
それが分かっていても僕は動けない。この場を離れられない。……結局僕は待ち続ける他はないんだ。僕を見つけ、出会い、その思いを受け継いでくれる者を。
だけど、それを嘆く資格すら僕には無い。僕以上に一つ所に囚われ、世界の悪意の一切をその身に引き受けて封じられた者がいるからだ。
魔神ネクロフィルツ。彼こそ僕の、世界の犠牲者と言っていい。彼は人柱だ。一切の罪無しに無限の牢獄に囚われ閉じ込められ、そしてその存在すら忘れ去られようとしている。
僕は救いたかった。地上に生きる者達を。地獄に囚われた魔神を。そうする事で償いになると思いたかった。だから、彼を生み出した。
世界の救世主を。魔神を救い出す者を。いや、生み出したというのは正しくないな。僕はただその資格のある魂を選び出して託しただけだ。
『彼』を生み出した時と同じように。色々とお膳立てしてね。その為の魔族信仰、その為の救世の天子だ。
そして彼は、クロ君は僕の期待通り、いや期待以上に頑張ってくれている。……だからだろうか。彼には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。顔向けが出来ない、と言ってもいい。いつか彼と顔を合わせる時が来た時、どの面さげて僕は彼の前に姿を表すのだろうか。
彼が来るのを心待ちにしている自分がいるのと同時に、彼と出会うのを心から恐れている自分がいるんだ。きっと彼はいずれここに来る。彼が真の救世主ならば必ずそうなる。そうなるように僕が道を整えたからだ。
彼がここに来た時、それが僕の断罪の時なのだろう。いつか来たるべき断罪に、自らの犯した罪に怯えながら僕はただ待ち続ける。
全くみっともない。こんなのが〇〇〇だと知れたら皆はどう思うだろうか。呆れかえるに決まっている。
でも、僕は……どんなにみっともなくても、情けなくても〇〇〇なんだ。投げ出す訳にはいかないんだ。
クロ君がどんなに追い詰められても救世主を止めなかったように、あの青年兵が人である事を止めなかったように、僕も僕という存在を投げ出す訳にはいかないんだ。
最後の最後まで。




