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忌み子の世界救世記  作者: 紅月ぐりん
神魔戦争編後編
148/229

135話

 気が付くと、またあの場所に立っていた。瓦礫とゴミで埋め尽くされた無人の空間。なんとはなしに彷徨(うろつ)いていると彼方から声をかけられた。


「また会ったな。御子よ」


 声のする方へ視線を向けるといつの間に姿を表したのか、魔神ネクロフィルツが立っていた。魔神が手をひと振りすると何も無かった空間にテーブルと椅子、ティーポットと茶器が用意される。

「まあ座れ」

 言われるがままに椅子に腰掛け紅茶を啜った。口の中に暖かな甘みが広がる。その様子を魔神は無言でただじっと見守っている。

全て飲み干し一息つくと、それを見計らったかのように声をかけてきた。


「苦しい、辛い戦いだったな」

「うん」

「だが、負けなかった。最後まで、信じる正義を貫き通した」

「うん」

「私はお前を誇りに思う」

 魔神に目を向ける。その目にはこちらを労る優しさが感じられた。


 ああ、そうか。

 ぼくは死んだんだーー

 そう理解した。

 助けは間に合わず、せめて残された人達に何かを残せれば、と思いつく限りの言葉をかけた。そしてーー首を切られて死んだのだ。


「気分はどうだ?」

「うん……」

 言われて改めて今の心境を口にしてみる。

「不思議と嫌な感じはしない。やる事はやり切ったから。残された人達の事を思うと複雑だけど……でもきっと片目達ならぼくの意志を受け継いでうまくやってくれるよ」

 魔神は眩しいものを見るようにクロを見つめ、言った。

「そうか……だが、他の者達はそうは思わなかったらしいぞ」

「え?」

 気が付くと身体が金色の光に包まれて宙に浮き出した。


「これは……」

 魔神の力ではない。かつて感じた事のない神聖で暖かな力が身体を支配していた。それと同時に、世界中の人々の想いが伝わってくる。

「感じるか? 世界の意志を。まだお前は死ぬべき時にない。多くの者達がお前を必要としているからだ」

 魔神の言葉通り、世界中の人々の想いが、意志が、自分を引き戻そうとしているのをクロは感じていた。かつてない力と共に。



「また会おう。私はいつでもお前を見守っている」



 魔神の別れの挨拶と共に意識が現実へと引き戻される。




 気が付いた時には、ギロチンの刃が落とされるその瞬間に戻っていた。だが、その刃がクロの首を落とす事は無かった。ギロチンの刃は確かに落とされた。だがその刃はクロの首に触れるギリギリの所で何かに阻まれるかのように止まっていた。


 誰もが目を疑った。それは、ギロチンが止まったからだけではない。クロの身体に劇的な変化が起きていたからだ。僅かに青みがかった銀髪は、金色に光り輝き、瞳の色も紅から金色に変化していた。そして身体中からやはり金色の、神聖な波動がほどばしっていた。

 だが、それだけではない。最も人々を驚愕させたもの。それは、クロの身体と重なるように佇む大きな存在だった。


 その身体は大きく半透明で、背中に左右四対に八本の翼を生やし、神々しい光を放つ。清らかな瞳に流れるような髪の毛はやはり金色に輝いている。豊かな胸にすらりと伸びる手足。そして、頭の上にはその存在を象徴するかのような金色の輪。




「女神様ーー」




 誰かがそう言った。そう、クロの身体と重なるように存在する巨人の姿は、信仰に伝えられる女神アスクルスそのものだったのだ。そして女神と同じように髪と瞳を金色に輝かせるクロの姿はーー


「女神の救い手ーーそんな、そんな事がーー」


 その光景を目にした全ての人々が、驚天動地の大混乱に陥ったのは言うまでもない。その中でも女神信仰者の驚きと、そして恐怖は大きかった。

 今まで散々見下し、差別し迫害し排斥してきた魔族信仰者の代表者とも呼べる救世の天子が実は女神の救い手だったーーなどと、悪い冗談にしか思えなかったのだ。


 今この瞬間彼等女神信仰者達が築いてきた信仰は足元から崩壊し、粉々に砕け散った。当然である。もし本当に救世の天子と女神の救い手が同一の存在ならば、今まで自分達がしてきた事は女神への背信行為に他ならないのだから。

 地獄へ落とされても尚足らぬ、計り知れない罪を犯してきてしまったという事なのだ。

 女神信仰者達はあまりの衝撃に声も出ず呆然と佇む事しか出来なかった。



 そんな女神信仰者達をよそに、クロは全身を縛り付けていた呪いの呪縛をいとも簡単に外し、首の後ろに手を回した。バキン、という音と共にギロチンの刃は粉々に砕けちり地面に落ちた。


「馬鹿な……! こんな馬鹿な事があってたまるかあ!!」

 マードリックが大声をあげた。突如訪れた逆転劇に心がついて行けなかったのだ。いや、認める訳にはいかなかったのだ。

 勝利は目前に迫っていた。いや確定していた。それなのに、想像にも及ばぬ摩訶不思議としか言い様のない超常現象によって自分は敗れ去ろうとしている。しかも、ここでの敗北は事実上女神信仰そのものの終焉を意味している。二度と立ち上がる事は出来ないのだ。



「女神の救い手が何故私の邪魔をするううぅぅぅ!!!!」

 唸るように言うマードリックにクロは至って冷徹に告げる。

「お前が正しい道を歩んでこなかったからだ」

 ビキ、と青い血管を浮き上がらせたマードリックは遂に最後の手段に打って出た。

 懐に持っていたスイッチを押すと大ホール中央の舞台を覆う客席のあちこちが開き、そこから鎖に繋がれた多数の魔族達が下からせり上がってきたのだ。


「まさか、マードリックの奴ーー」

「そのまさかだ」

 ジュレスの呟きにマードリックは自嘲気味に笑うとそう言い放った。

「私はもう終わりだ。だが、ただでは終わらん。貴様ら全員を道連れにしてくれるわ!」

 そして、合図となるキーワードを口にした。



「魔獣、吸身ーー!!」



 鎖に繋がれていた数十人もの魔族達がマードリックの中へ吸収され、その力と魔力を増大させていく。同様に身体もどんどん大きくなる。しかしそれは先の魔獣達の比ではなかった。

「おいおい、洒落になってねえぞ……」

 思わず、と言った風にウルグエルから声がもれる。無理もない事だった。先程の魔獣3体に吸収されていったのは十数体である。それが今度は数十体、しかもたった1人に集中したのだ。どれだけの力を秘めているのか想像もつかなかった。


 一方、放送を見ていた世界中の人々もまた人間が魔族を吸収するというおぞましい所業に恐れおののいていた。しかも、それを行ったのは女神信仰の実質的最高指導者である。最早女神信仰者達は何が真実で何を信じればいいのか分からなくなっていた。



「ナニモカモ、ホロボス……! ハカイシツクシテヤル!!」



 その身体を元の数十倍にも膨れ上がらせたマードリックはその精神を表すかのようように全身を漆黒に染め、各関節から鋭利な刃をせり上がらせてクロへと襲いかかった。


「ゴオオオオオオオッ!!!!」


 クロは、何ら慌てる事も無く右手をそっと前に突き出した。

 直後、ドオオオオンという凄まじい音が轟いた。クロの手の平から生み出された目に見えない障壁がマードリックの攻撃を難なく受け止めていた。

「ーーーーーー!!」

 驚愕の表情を浮かべるマードリックに、最後通告とばかりにクロは告げた。

「これで終わりだ。マードリック」

 そして、クロの右手から黄金の衝撃波が放たれ、ゆっくりと周囲に広がっていく。その衝撃波が触れた部分からマードリックの肉体は灰となって崩れ落ちていく。


「ゴアアアアアッ!! ギャアアアアアアア!!!!」


 醜い断末魔の叫びと共にマードリックの全身は灰となって砕け散った。その衝撃波はそれだけでは留まらず、1階で暴れ回っていた魔獣達の身体も同様に灰となって砕け散った。

 衝撃波が過ぎ去り敵が全て消滅すると、辺りを恐ろしい程の静寂が包み込んだ。



 誰もが、何をどう反応していいのか分からなかったのだ。しばらくして、誰かが思いついたかのようにその場に跪き、祈りを捧げた。それを境にして次々と皆が跪き祈りを捧げていった。放送を見ていた者達も同様に、女神信仰者達ですら同様に、ただただ女神と女神の救い手に祈りを捧げたのだった。

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