133話
窮地に陥ったジュレスを救ったのはコーデリックだった。
「コーデリック……! 無事だったのか」
「まあ、何とかね」
そういうコーデリックの表情にはいつもの笑顔はなく、心無しか元気がないように見えた。
「おい、顔色が悪いぞ……大丈夫なのか?」
助けられたジュレスが助けたコーデリックを心配するという逆転現象が起きていた。
「牢から脱出するのに暗黒空間の要領で体を霧化したんでね……」
暗黒空間はかつてのコーデリックの切札であり身体を霧状に分解霧散させ空間を支配する技である。強力であるが消耗も大きい。
コーデリックは辺りを見回すと今の状況を確認した。
「成程……あの怪物達に手間取ってるんだね」
「正直な話、今迄出会った中で1番手強い。これだけの人数で協力して攻め立ててようやく5分って所だ」
ユータがそういうとコーデリックは小さく頷いて、
「分かった。ボクがなんとかするよ」
「本気か? 1人でどうにかできる相手じゃないぞ」
コーデリックの発言にユータは耳を疑った。全員で戦っても尚苦戦しているというのにどうやって倒すつもりなのか理解出来なかった。
「真正面からぶつかるだけが戦いじゃないさ」
そういって多少ふらついた足取りで暴れ回っている怪物達に近付いていく。
ふわっと宙に浮かぶと魔獣達の視線がコーデリックに集まる。新たに現れた獲物に襲いかかろうと体勢を整えた時にコーデリックが動いた。
「我が妖艶なる魔力 妖艶なる魅力にて 仇なす敵を地獄へと誘わん 魅了地獄招待」
コーデリックに襲いかかろうとしていた3匹は真正面からコーデリックの魔力を浴び、元々暴れくるっていたのが更に凶暴化して周囲を巻き込みながら蹂躙する。
あまり変化はないように思えるがさっきまでとは違い周囲にいる人間達に攻撃を仕掛ける事はなく魔獣同士でのみ争うようになった。
「やった! ……のか?」
若干疑問符を浮かべてジュレスが言う。確かに魔獣達は人間達を狙って攻撃はしていない。ただその暴れようが尋常ではなく、周囲にいる者を巻き込んでしまっている。魔獣達の身体は平均して10メートル近くはあり、それが暴れ狂うとなると周りへの被害も甚大だった。
人が吹き飛び壁が割れ地面が砕ける。
「ちょっと予定とは違ったけど、今がチャンス……!」
そう言って暴れ回る魔獣達の隙を突いて大ホールへと続く廊下へと飛び立とうと向かう。
だが、自分達の脇を掠めるように進むコーデリックに反応した魔獣の一匹、大きな一つ目の怪物ギガンテスがその巨大な腕を振り回してコーデリックを弾き飛ばした。
「グオオオオ!!」
「があっ……!」
ギガンテスの攻撃は力任せでスピードは全くなく普段のコーデリックなら余裕でかわせたのだろうが、弱っている今のコーデリックは攻撃が来るのが分かっていながら避ける事が出来なかった。
その勢いのままに壁にぶつかり、あまりの衝撃に壁に身体が半分程めり込む。ビキビキ、という亀裂の入る音とともに壁が崩壊しゆっくりとその身体が地面に崩れ落ちる。
「コーデリック!!」
「ちっ!」
ジュレスが叫びユータが舌打ちをして急いでコーデリックの元に近寄りその身体をそっと抱き抱える。その華奢な身体には全く力が入っておらず、だらりと垂れ下がったままだ。
大丈夫か、と叫び出したいのを堪えて黙って回復魔法をかける。叫び声でさえ負担になりそうな程にコーデリック受けたダメージは甚大だったからだ。しばらくして、コーデリックの瞼がパチ、と開く。
「いけない……ボクなんかに構ってないで早くクロを……!もう時間が」
「分かってる!! でも今治療を投げ出したらお前は死ぬぞ!」
「それでもいい……行ってくれ……」
「馬鹿言ってんじゃねえ! 策もなしで挑んだってさっきの二の舞になるだけだ! そしてそいつの治療までは手が回らねえよ!」
叫ばないように気を付けていた筈が思いっきり怒鳴ってしまっている。ユータも相当混乱し追い詰められていた。
早く助けに行かなければクロが死ぬ。だが、今治療を投げ出せばコーデリックが死ぬ。
クロとコーデリック、どちらを選びどちらを見捨てるのか。そんな悪魔の選択肢がユータの脳裏に浮かんだ。あわてて首を横に振る。
(どちらを選ぶかだと……!? んなもんどっちを選んだって後悔するに決まってんだろ! どっちも助けられなきゃ負けなんだよ!)
迷いを振り切りユータは声を上げる。
「片目、ジュレス! 悪いがオレは治療で手が離せねえ! お前達で何とかクロを救ってくれ!!」
「分かった」
「おう、任せろ! コーデリックは頼んだぞ!」
そう言って返すものの、どうすればいいのか分からない。あまりにも魔獣達は強く取り付く暇さえ与えてくれない。脇を通り抜けさせてくれるほど、甘くもない。八方塞がりだった。
黙って治療に専念するユータにコーデリックは掠れ声で語りかける。
「馬鹿だね……約立たずのボクなんか見捨ててクロを助けにいけばいいのに……どう考えたってクロとボクならクロの命の方が重いだろ」
「馬鹿はお前だ! 生命に重いも軽いもあるか! オレはな、目的の為に何かを犠牲にするなんてやり方大っ嫌いなんだよ!」
それは散々自分達を苦しめてきた女神信仰者達のやり方と一緒だ。断じてそれを認める訳にはいかない。ましてや、自分がそれを実行するなど到底できることでは無かった。
分かっている。本当に魔族信仰者達の事を考えるならばコーデリックを見捨ててクロを助けにいくべきなのだ。クロは皆の中心だ。太陽なのだ。クロがいなくなれば魔族信仰者達の、いやこの世界の者全ての光が閉ざされてしまう。優先させるべきはクロの生命なのだ。
だが、そうやって合理的手法を突き詰めていった結果が女神信仰者の、マードリックのやり方ではないのか。それがどれだけの悲劇を生んできたのか。例えここでコーデリックを見捨ててクロを助け出せたとしても自分は一生後悔する。
「……お前の言う通りなのかもな。オレは大馬鹿だ」
「え?」
「太陽も大事だが、月も捨てられない」
「………………?」
クロが太陽ならば、コーデリックは月だ。決して目立たず、影に隠れているがいつも優しく皆を照らし出してくれる。
「ジュレスの事が好きなのに他の奴と交わる。クロが大事なのにお前を見捨てられない。……結局オレは、中途半端な奴なんだよ」
「………………」
そう言って自重げに笑う。目を丸くしながらユータをじっと見ていたコーデリックだったが、やがておずおずと口を開いた。
「……きだよ」
「え?」
「ボクはそんな馬鹿が……キミが好きだよ」
今度はユータが目を丸くするが、やがてふふ……と笑みを浮かべた。
「さて諸君。いよいよ処刑の時間となった。そろそろ始めようか」
自分達の世界に入り込んでいた2人の意識はマードリックの無情な放送通信によって元に戻されたのだった。
ーークロの処刑の時刻まで残り0分。
こんな時にイチャついてるんじゃねえよ(#゜Д゜)y-~~




