132話
「さて、あと30分で処刑となる訳だが、気分はどうかね?」
「………………」
嫌味たらしく皮肉たっぷりに話しかけるマードリックに、無言で佇むクロ。2人がいるのは大ホールの中央部、円上の舞台の上だった。その舞台の上には、凶悪な刃をチラつかせるかのようにギロチンが設置されている。
刃には所々傷や欠けた部分があり黒ずんだ血の痕や錆び付いて変色しており長年使い込まれた物である事を物語っている。クロはちらりとギロチンに目を向けるが、それだけで特に変化はない。
「見た目は使い込まれてロクに手入れにされていない骨董品に見えるだろうが、当然普通のものではないぞ。救世の天子を殺す力を持った特別性だ」
そのギロチンは数々の罪人の首を刎ね地を啜ってきた曰く付きの品である。その刃には殺された者達の怨念が宿っており、それを媒介にして魔術で幾重にも呪いがかけられている。
物理攻撃にも魔法にも強いクロだが『呪い』に対しての耐性が無い事は既に証明されている。マードリックが言った通り正真正銘クロを抹殺する為に用意された特別性だった。
自身に死が間近に迫っているこの段階においてもクロは取り乱す事は無い。既に希望を捨て諦めたかとマードリックは考えていたがそうではない。
クロはただ自分に何が出来るのかを必死に考えていただけである。その思考を中断させるように大きな音がホールに響いた。無反応を貫いていたクロも流石にこれには反応を示した。
始めに起きた大きな音の後に断続的に音が響いていく。どうやら戦闘音のようだった。すぐ近くで戦いが行われているようだった。
「気になるか? 何が起こっているのか」
「………………」
「お前を助けに仲間が駆け付けてきたのだろう。だが心配するな。奴等はすぐに死ぬ。お前の処刑を待たずにな」
にやり、と自信ありげに笑う。
「奴らが今戦っているのは私の切り札、『魔獣吸身』によって強化された兵達だ」
「魔獣吸身……」
「魔獣吸身は魔獣合身を更に進化さぜたモノだ」
無反応だったクロから返事が返ってきた事に気をよくしたようで上機嫌で喋り出す。
「魔獣合身は強力ではあったが合体できる数に限りがあった。せいぜいよくて3~4匹程度。何しろ合体だからな。あまり数を増やせば精神と肉体のバランスが取れなくなり崩壊してしまう」
魔獣合身は魔族信仰者反王政派過激派が使っていたものでありその場に居合わせた訳でもないマードリックがその存在について知っているのは不可解な事だった。例の新型の『虫』で盗み見ていたのかそれとも……
いずれにせよ自分からわざわざ切り札の情報をペラペラと喋るのは絶対に負ける事は無いという自信の裏付けであった。
「吸身は魔物の肉体と魔力だけを吸収する技術だ。魔物の精神を省いたおかげでバランスを取りやすくなり従来より遥かに多くの魔物を取り込むことが出来る」
自慢げに言った後に
「まあどの道許容量を越えて取り込むから精神は崩壊してコントロールが効かないのだがな。敵味方お構い無しだ」
それならば自分達もただでは済まないではないかと疑問が浮かぶがそれについてもすぐに解説がなされた。
「生物としての限界を越えさせているからな。放っておけばじきに死ぬ。それまでに充分連中を全員抹殺できるだろうさ」
マードリックの高笑いがホールに響き渡った。
血だらけで全身を激しく傷付けながらそれでも片目は倒れる事なく立っていた。
「片目っ!!」
「黙って後ろでじっとしてろ! 死ぬぞ!!」
全く余裕のない表情で片目が叫ぶ。ジュレスが心配そうに声をかけるがそれに構っている余裕すらない。
敵の攻撃は強力無比に尽きた。防御力だけならパーティーの中でも1、2を争う片目が全身をボロボロにされていた。ユータは回復魔法で傷を多少なりとも治せるので片目程酷くはなかったがやはり傷ついて消耗していた。
(このままじゃ駄目だ……! 全滅するのも時間の問題だ)
ジュレスは必死に打開策を考える。
(考えろ、考えるんだ……この絶望的な戦力差をひっくり返す方法を)
敵は3体。だがその一匹一匹がこちらの力を遥かに上回っている。救いなのは理性が崩壊している為に連携攻撃を仕掛けてこない事と時折同士打ちをしている所か。それがなければとっくに全滅している。
そのまま放っておけば仲間同士で勝手に殺し合ってくれるのだろうが今は時間が無い。クロが処刑される前に助け出さなければならないのだ。
(どう考えても戦力が足らない)
ジュレスはそう結論づけた。ならば取るべき策は……
「二人とも下がれ!」
そう叫ぶとジュレスは手に持っていた炸裂弾を投げ付けた。敵に対してではなく地面に。先程からの戦いの衝撃で壁や床にはあちこちヒビが入り脆くなっていた。そこに爆発を起こせば必然床に大きな穴が空く。
そして、今ジュレス達が戦っている渡り廊下は一階の大きく開けた広間の上部に橋をかける様な形でかけられている。
床に空いた大きな穴により重量を支えきれなくなり全員が下へと落下する。そこでは囮として戦ってくれているウルグエル達元ザカリク軍兵士達と防衛隊の兵達が正に激戦を繰り広げている最中だった。
「!? 何だ?」
指揮をとっていたウルグエルがいち早く異常に気付き兵達を後ろに下げさせる。防衛隊は対応が遅れまともに降ってきた瓦礫と怪物達の下敷きとなった。
「うわぁぁぁ!!」
「ぎゃあああああ!」
絶叫が辺りに轟く。落下の被害を免れた者達も起き上がってきた怪物達に驚き、叫びを上げる。断末魔の叫びを。
そこはすぐに血の海と化した。地獄絵図そのものだった。落下してきた瓦礫と得体の知れない怪物達によって血のキャンバスが広間に描かれていた。次々と防衛隊の兵達が虐殺されていく。その様をウルグエル達は戦慄と共に見ていた。
「おいおい……冗談きついぜ。何だあの化物は」
ウルグエルの口から思わず上ずった声が出る。
そこへジュレス達が合流する。
「やっぱりな。予想通り敵味方の区別がついてねえ」
「おい、あの化物共は何だ!? 知っているなら教えろ」
「マードリックの切り札だろうさ。人間が魔族を吸収してああなった」
「きゅう……」
絶句するウルグエルにジュレスは作戦を伝える。
「俺等だけじゃ奴等を倒せねえ。全員で協力して倒すぞ」
「それはいいが……今のうちに助けにいった方がいいんじゃないか?」
ジュレスは首を横に振った。
「そんなに甘い相手じゃねえ。通り抜けようとした時に後ろから食われるのがオチだ」
「了解した。一極集中で各個撃破していくぞ」
「「「了解」」」
こうして元ザカリク軍兵士達と片目達と青年兵達の三陣営が協力して魔獣討伐を開始した。防衛隊の兵達も今は敵対している場合ではないと悟ったのかこちらに攻撃してくる事はなく足並みを揃えるように魔獣達へと向かっていく。
こうした全員の協力もあって何とか拮抗できるようにはなった。だが、倒すには程遠い。
「クソッ!! こんな所で時間を食ってる場合じゃねえのに……!」
焦りと苛付きが判断を鈍らせた。
「ジュレス!!」
片目の声で我に返った時には既に目の前に魔獣の一体が降り立っていた。
「あ……ああ…………!」
胴体部分は4メートルほど。翼も含めると全長10メートルほどもある巨大な翼と鋭い爪、嘴をもった魔獣、グリフィンがジュレスをその瞳に捉えていた。片目が急いで助けに向かうがとても間に合うタイミングではなかった。
「クオオオオオンンンン!!」
独特の鳴き声と共に爪を伸ばす。だがその爪がジュレスを切り裂く事は無かった。
間一髪でジュレスを救ったのは、淫魔の王、魅了のコーデリックだった。
ーークロの処刑の時刻まで残り20分。




