131話
青年兵を中心としたザカリク軍兵士達の案内によって片目達は順調に目的地に近付いていった。
すなわち、クロの処刑が取り行われるであろう大聖堂の中枢ともいえる巨大ホールである。中央の舞台を取り囲むように客席が360度全ての周囲に並んでおり、外側になる程に段が上がっていき最も外側の部分は中央部から50メートル程の高さまである。
この客席を女神信仰者達が埋め尽くす中で中央の舞台上で処刑が執り行われる予定となっている。外周部分にはどの位置からでも中に入れるように多数の入口が設置されている。つまり簡単に中央部を包囲することが出来るのだ。この巨大ホールの入口にさえ入ってしまえばクロの救出は容易と言えた。
だが当然敵もそれは分かっているのでその巨大ホールへ一直線と続く廊下に防衛ラインを敷いている。それを突破できるかどうかが救出の鍵であった。
片目達が息を切らせながら廊下を進んでいくと、やはり最後の防衛ラインが配置されていた。しかしそこにいた兵士達を見て片目達を先導してきた兵士達は違和感を感じた。彼等が付けている装備も、その顔ぶれにも覚えが無かった。という事はつまり目の前にいるのは防衛隊のメンバーでないという事だ。
一方片目達は彼等の姿を見るなり表情を厳しく引き締めた。
「片目……こいつらは……」
ジュレスが額に汗を滲ませながら片目に確認するように言う。
「二年前に襲ってきたユータの後続部隊とそっくりだな」
彼等の装備は二年前にコルネリデア城へ攻撃を仕掛けてきた特殊部隊とよく似た物だった。勿論2年の月日が経過しているのだから以前と同じ戦力だとは思っていない。最後の防衛ラインである以上それに相応しい力を持っている筈だ。
青年兵が彼等に話し掛けようとした時、問答無用で発砲してきた。バララララ、と弾薬を撒き散らす音が響き壁に無数の弾痕が残された。青年兵は片目が庇って瞬時に移動しており怪我を負う事は無かった。
「待て! 俺達はここを通らなければならないんだ! 通してくれ!」
青年兵が叫ぶが返事はなく代わりに弾が返ってきた。再び片目が庇って今度は全ての弾を弾き返す。
「無駄だな。話をする気はないようだ」
青年兵の顔が歪む。分かってはいた事だが出来ればかつての仲間と戦う事はしたくなかった。最もそう思っているのは青年兵達だけだったようだ。彼等は容赦無く弾丸を発砲してくる。
「そこをどけ! でなければ……押し通る!!」
地面が凹む程の衝撃と共に目にも止まらぬ速さで片目は敵兵達の群衆に突っ込んだ。幾人もの兵達が弾き飛ばされ壁や地面にぶつかる。直撃を避けた兵達が同士打ちを避けるため発砲を止め、腰に刺していた棒状の得物を持って片目に襲い掛かる。それは先端部分から激しい電流を放出するスタンロッドだった。
片目のように極めて防御力が高い敵にダメージを与える為に開発された物である。いかに刃を弾き衝撃を吸収しようとも電流は防げない。
バチバチっという音が響きほんの一瞬片目の動きが止まるが全く気にした風もなく爪と牙で兵達を薙ぎ倒していった。
「フン、ユータの電撃に比べればまだまだぬるい」
電撃が大して効果がないと分かると次々に新しい武器に変え襲い掛かってくる。しかし加勢に加わったユータ達の活躍もあって彼等のあらゆる兵器武器は打ち破られ兵士達は倒されていった。
転送魔法陣を利用した大結界の効果による魔力減少、及び闘技場での戦いでの消耗もあったがそれでも片目達は敵兵達を圧倒していた。それだけの力の差があった。コーデリックが戦闘不能に陥る程に消耗していたのは四聖獣の燃費の悪さ、及び相性の悪い魔力吸収を受けていたからだ。他のメンバーはコーデリックほどには消耗していなかった。
やがてあらかたの兵達が打ち倒され、奥に控えていた者達が前に進み出てきた。明らかに纏っている雰囲気が違った。その中にはクロを攫った張本人である件のザカリク兵もいた。その背中にはやはり魔物の物としか思えない翼が生えていた。
誰がスイッチを押したのか、駆動音が響き左右の壁が開かれ中から鎖に繋がれた魔物達が姿を現した。
「!!?」
片目は唐突に現れた魔物達の方を見た。そのうちの1匹と目があった。魔物は、何かを強く訴えかけるような瞳でじっと片目を見ていた。
ぞくっと、背筋が凍るような悪寒が走った。
(これは、この悪寒には覚えがある……!)
コルネリデア城を襲ってきた特殊部隊兵の首輪に付けられた爆弾が一斉に起動した時。
魔族信仰者反王政派の残党が魔獣合身を行った時。
これらの時に感じたのと同じ、いやそれ以上の悪寒が全身を支配していた。
背中に翼を生やした兵がゆっくりと口を開き、鍵となる言葉を叫んだ。
「魔獣、吸身ーー」
そしてーー
鎖に繋がれていた魔族達は彼等の身体に呑み込まれ、吸収されていった。
「なっーー!!!?」
みるみるうちに身体が膨れ上がり、鋭利な牙が、爪が、翼が、角が、各所から突き出る。それとともに魔力も膨張していき全身を包み込んでいく。元の身体の二倍以上にも膨れ上がったその姿は、魔族ーーいや、怪物であった。
魔族にはその瞳に知性の光が宿る。決して獣ではない。しかし今目の前で変貌した怪物達は正に獣だった。理性を、殺意で塗り潰した殺戮者。
現れた怪物の数は3体。その一体一体がかつて対峙した魔獣達を遥かに凌ぐプレッシャーを放ちつつゆっくりと近付きつつあった。
「何なんだ……何なんだこいつらは一体!?」
激しく狼狽する片目の絶叫が廊下に響いた。




