130話
目の前で武器を捨て両手を上げる兵士達に片目達は言葉を失った。てっきり戦闘になるとばかり思っていたからだ。
「戦うつもりはないだと……どういう事だ?」
十人程の人だかりの仲間のから1歩前に進み出てきたのは、まだ十代くらいと思われるあどけなさを残した顔立ちの兵士だった。
「俺は、俺達は、救世の天子に命を救われた。その恩を返したい。助けたいんだ」
そう語る瞳には強い決意の色が浮かんでいた。しばし考える片目だったが情報が足りないと判断し質問する。
「クロに命を救われたとはどういう事だ?」
「マードリックは味方である筈の俺達兵士を突如虐殺し始めた」
「「「!!?」」」
兵士の発した言葉の内容に一同は驚愕する。年若い青年兵士は淡々と起こった事を語り始める。マードリックがクロを動揺させ罠に嵌める為に兵士達の命を次々と奪っていった事。生贄に捧げた兵士達の命で異世界の化物である悪魔を呼び出した事。その悪魔の呪いによりクロが捕縛された事。そして、クロが捕まる直接のきっかけを自らが生んだ事。
「俺は、マードリックに刃を向けられた時心底恐怖した。死にたくないと思った。そして、救世の天子に思わず助けを求めた」
「………………」
「彼は……敵である俺を助ける為にマードリックとの間に割って入り、結果隙を作り捕らえられた」
「クロが……」
にわかには信じ難い話ではあったが、それでもクロならその状況ならやりかねない、と片目は思った。目の前で助けを求められてはじっとしていられなかったのだろう。
しかし……
これが敵の罠である可能性もまた否定できない。多少なりともクロを知る者ならこのくらいの話を「作る」くらいはできるだろう。ここで判断を間違えてしまえば取り返しのつかない事になるかもしれない。慎重になるのは仕方ない事だった。
考え込む片目に焦れたのか、年若い兵士は声を上げ片目に掴みかかった。
「グズグズしてる場合か!? 考え込んでいる場合か!? 目の前の人間が嘘を言っているかどうかも判断できないか!!? 時間がないんだ! あと1時間もしないうちに処刑されちまうんだぞっ!!」
鋭く固めを睨みつける目には涙が滲んでいる。次の瞬間、兵士は頭を地面に勢いよく擦り付けて叫んだ。
「土下座すれば信じるか? 泣いて懇願すれば信じるか!? どうしたら信じるか言え!! 何だってやってやる!」
そのあまりの勢いに片目達は思わず後ずさる。
「どうしてそこまでして……」
兵士の動きがピタ、と止まる。今度は静かな声で語り始めた。
「俺は生まれてこの方あんなに自分を情けねえと思った事はねえ」
そう淡々と語る青年の瞳には、クロに庇われた時のビクビクと縮こまって震えていただけの自分の姿が焼き付いていた。
「信じて仕えていた奴に裏切られて、でも逆らう事もできず、次々と殺されていく仲間を助ける事もできず、敵である筈の子供に助けを求めて……」
「………………」
「彼は凄かったよ……数百の敵に囲まれて、瀕死の仲間を庇いながら、限界ギリギリまで追い詰められてそれでも立ち向かう事を止めなかった。お前ら魔族信仰者達が崇める救世主そのものだった」
「ここで彼を見捨てたら、俺は……男として、いや人間として、完全に終わっちまう!! どんなにカッコ悪くても、情けなくても、俺はまだ『人間』でいたいんだよおおおお!!!!」
それは叫びだった。心の底からの魂の叫びだった。最早魔族信仰者女神信仰者関係なく、ここでクロを見捨てて逃げる事は人間としての誇りと尊厳を捨てるに等しい事なのだ。
そしてそれを理解出来ない程に片目は愚かではない。涙を流し蹲る青年兵に手を差し伸べると、引き上げて立たせた。
「信じよう。その言葉を……クロを助ける為に手を貸してくれ」
「ああ」
しっかりと両者は固く手を握りあったのだった。
ーークロの処刑の時刻まで残り35分。




